山田正紀『氷雨』ハルキ文庫 1999年

 2年前,多額の負債を抱えた弥島は,債権者から逃れるため,妻子と別れ,町を離れた。しかし妻子が轢き逃げされたという電話が,弥島を町に呼び戻す。事故の周囲に不審なものを感じた弥島は,単独調査をはじめるが・・・

 物語は,妻子の轢き逃げ事故を単独捜査に乗り出した主人公が,さまざまな妨害と困難を排しながら,真相に迫るという,ストレートなサスペンスです。弥島が,目撃者も手がかりもない事故を探ろうとしはじめると,なぜか地元の警察が彼の行く手に現れ,まるで彼の調査を邪魔するかのような振る舞いをします。また彼の義妹夫婦は不可解な素振りを見せ,さらに彼の多額の負債の債権者「なぎさ金融」が,2年間姿を消していた彼を追います。作者は,そんな二重三重の追走劇をスピーディに展開させていきます。手がかりを小出しにしながら真相にいたるところはサスペンスの常道ですが,手がかりの提示の仕方は,やはり本格ミステリの書き手だけあって巧みなものがあります。
 また本作品の特徴は,主人公の調査に関わってくる,さまざまなキャラクタの造形にあると思います。たとえば,女に溺れ,暴力団に情報を流すことで小銭を得ている悪徳警官早良,ホームレスから不思議な敬愛を受けている女ユキ,「なぎさ金融」の取り立て屋であるパンクス“茶髪”“金髪”“みどり”の3人組,債務代理人財前などなど,一癖も二癖もある,一筋縄ではいかない連中が事件に関わってきます。彼らはいずれも社会の「アウトサイダ」ですが,彼らなりにしたたかに,また必死に生きようとしている姿が描き出されていきます。2年間の逃亡生活と突然の妻子の死のため,虚無感と無力感に苛まれる主人公が,彼らとときに協力しあい,ときに敵対しながら,「再生」していくところは,ハードボイルドや冒険小説とも通じるものがあるように思います。

 この作者の初期作品を立て続けに復刊している本文庫ですので,本書もそのひとつかなと思いきや,1998年にハルキ・ノベルスとして刊行された作品の文庫化でした。近年,もっぱら本格ミステリの書き手として活躍している作者ですが,一方でこういった作品も書いていたんですね。

00/03/06読了

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