藤原伊織『ひまわりの祝祭』講談社 1997年

 7年前,妻を失って以来,世間との交渉を絶って暮らしていた“僕”の元に,ある夜,かつての上司が奇妙な依頼をもって訪れてきた。それをきっかけに,平板でプラスチックのような“僕”の生活は変わりはじめる。そしてファン・ゴッホの幻の絵“8枚目のひまわり”をめぐる欲望と抗争に巻き込まれた“僕”が見出したものは・・・

 『テロリストのパラソル』に続く,この作者の長編第2作です。
 社会から一定の距離を置くアウトサイダを主人公に据えている点は,前作と同様です。物語は,そんな主人公の周囲で進行する奇妙な状況を描きながら進行していきます。非合法カジノで出逢った死んだ妻によく似た女性,仁科忠道と名乗る,曰くありげな老人,「貴兄の記憶に関心を持つことをお許しください」というメッセージ,そして彼の動静を探る監視者の存在,どうやらその手掛かりは,彼の「記憶」にあるらしい・・・目的も理由も明らかにされぬまま,主人公の周囲で確実に「何か」が動き始めます。それと並行しながら,主人公の過去が―死んだ妻英子との過去が語られていきます。

 ここらへんの展開はミステリアスであるとともに,どこかユーモアを漂わせています(とくに主人公を監視する佐藤のキャラクタがいいですね)。読んでいて,村上春樹『羊をめぐる冒険』を連想しました。主人公が“僕”というところが共通する点もあるのでしょうが,そのほか,主人公と原田との新幹線での会話なども,『羊』の「僕」「先生の秘書」との会話を彷彿させます。主人公の「どこか欠けている性格」というのも似ているように思います。

 ところが,そんなどこか「のんき」な展開であった前半ですが,物語の核心―「8枚目のひまわり」―が明らかになるとともに,ストーリィはハードにアップテンポに展開していきます。時価数十億は下らないとされる幻の名画をめぐって,ヤクザとの息詰まる攻防戦と大立ち回り(原田がかっこよすぎる?)。また前半に引かれていた伏線が,パタパタと結びついていくところは,なんとも巧いです(なんでこんなエピソードを入れたんだ? というところが後半への展開に重要な転機になっているところは,うなりました)。そして意外な真相が明らかにされるクライマックスへと物語は雪崩れ込んでいきます・・・
 が・・・う〜む・・・『テロリスト』でも感じたのですが,どうもこの作者,それまで持続していた疾走感,スピード感が最後になって鈍るところがあるように思うんですよね。“真犯人”との対決をもう少しコンパクトにできなかったのでしょうか? 主人公の心変わりもいまひとつ違和感が残ってしまいました。

 でもまぁ,そこらへんは「難を言えば」といったところでして,前作と同様,読みやすい文体ですし,スピーディな展開(多少,ご都合主義的なところもありますが),今回はユーモアの味付けあるということで,一気に読み通せる作品でした。

98/05/24読了

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