白石一郎『秘剣』新潮文庫 1985年

 7編を収録した短編集です。戦国末期から江戸時代,明治初頭と,時代順に並んでいます。

「隼人」
 秀吉から命じられた朝鮮出兵に反抗する薩摩武士たちは…
 戦国時代末期から江戸時代初期にかけて,豊臣秀吉による九州制圧,朝鮮出兵,関ヶ原戦での敗北と,島津家にとっては,まさに存亡の危機の時期だったと言います。さらに中央の巨大権力に対してどのように対するか,をめぐって,領内でも対立抗争があったそうです。本編は,島津歳久という人物を中心に据えながら,その「のるかそるか」の一時期を巧みに浮かび上がらせてると言えましょう。
「やってきた女」
 大坂夏の陣で命を救ってもらった武士に与えた印籠。しかしそれを持ってきて訪ねてきたのは…
 侍としての誇り,男としての矜持,女が見た夢…ひとつの印籠の数奇な「運命」をメインにしながら,そんな人々の姿を描き出しています。オーソドクスな展開に,上手にツイストを仕掛けて,ストーリィにメリハリをつけるところは,この作者のストーリィ・テリングの力量なのでしょう。
「びいどろ侍」
 国から一度も出たことのない武士が,長崎勤番を命じられたことから…
 「武士の世」でありながら,「武士」であり続けることが困難な時代の矛盾を,長崎という,江戸時代にあってきわめて特殊な「場」を舞台にすることで,鮮やかに浮かび上がらせています。
「剣士無惨」
 御上覧試合で負けろと,師匠から命じられた剣士は…
 前作と同様,武士の基本的属性である「武」が,別の論理によって否定されてしまう悲劇を描いています。ラスト,告発しようとするふたりの女郎の姿は,「希望」なのか,それとも「無惨さ」を上塗りするような「絶望」なのか…なんとも考えさせられます。
「示現流颯爽剣」
 江戸勤務を命じられた薩摩武士。彼が示現流の遣い手であったことから…
 参勤交代制は,ひとつの藩を「江戸」と「国元」に分割させたと言います。それは,薩摩藩のような遠方の藩にとっては,とくにその傾向が強かったのかもしれません(「蘭癖大名」として知られる島津重豪の時代は,それがより顕著だったのでしょう)。作者の主人公に対する暖かい視線は,ちょうど「剣士無惨」と好対照の手触りを産み出しています。
「秘剣」
 力不足ゆえに藩の武芸師範を相続できなかった男は…
 「力がなくても身分を世襲できる,力があっても出世できない」という江戸時代観は,まったく不当ではないにしろ,明治以後,妙に強調されているところもあるのかもしれません。「こだわり」の末に,ひとつの境地に達した主人公も凛々しいですが,その「こだわり」から解放され,「幸せ」を実感する姿にもすがすがしい思いがします。
「ナポレオン芸者」
 明治初頭の長崎。西郷軍の密偵をかくまった芸者は…
 どうやら実話がベースになっているようです。芸者という立場が持つ哀しさと,それゆえに見せる「意地」と「心意気」が,絶妙にブレンドされた佳品となっています。

03/05/25読了

go back to "Novel's Room"