尾之上浩司編『平成都市伝説』C−NOVELS 2004年

 タイトルどおり,都市伝説をモチーフとした短編9編を収録したアンソロジィあるいは競作集です。寄稿者は中堅どころをそろえています。

梶尾真治「わが愛しの口裂け女」
 余命幾ばくもない父親は,“私”に,母親との思い出を語り始め…
 おそらくは日本でもっとも有名な都市伝説「口裂け女」の属性を捨て去ることなく,いやむしろ巧妙に取り込むことで,純愛の物語を紡ぎ出してしまうところに,この作者の「力業」を感じます。
山下定「コウノトリ」
 行方不明になった恋人を捜して,今日も“俺”は異国の街を彷徨う…
 「試着室での失踪」という都市伝説をイントロダクションとした前半の展開と,後半のそれとがうまく結びついていないように思えます。木に竹を接いだような,そんな感じがぬぐえません。
井上雅彦「飢えている刀鋩」
 都市伝説を扱う雑誌編集者は,古い港町に現れる「落武者」を取材するが…
 新たな都市伝説の登場の背後には,つねに人々を取り巻く環境の変化と,それに対する違和感があると言います。「落武者の幽霊」という,心霊スポットなどでは,ありがちな素材を使いながらも,本編はむしろ「都市伝説の生成」そのものを対象にしているように思います。
北原尚彦「怪人撥条足男」
 ロンドンの街を震撼させる“バネ足ジャック”に親友を殺された“わたし”は…
 イギリスの都市伝説を素材にした作品です。女性記者を主人公とした,ユーモアまじりの快活冒険譚的雰囲気が,ラストで一転,不気味な物語のプロローグへと変貌していくあたりが持ち味と言えましょう。
奥田哲也「風聞」
 その城跡には,「人柱」にされた少女の怨念が残っているという…
 思春期の娘と母親との微妙な心的距離をユニークに描いた前半,そこからファンタジィへと変わる転調の妙などは楽しめるのですが,ラストの幕の引き方いまひとつ。いや,着想はおもしろいのですが,そこへの持っていき方が唐突すぎる気がします。
田中啓文「みるなの本」
 いじめられっ子の少年が,唯一安心できたのは,昼休みの図書室だった…
 都市伝説としては「あり」かとも思いますが,小説としてみると,着想,ストーリィともに物足りなさが残ってしまう作品です。
斎藤肇「名残」
 幽霊が出るという噂のある歩道橋で,“ぼく”は墜死した…
 しばしば,噂の中心にいる人物は,その自分に関わる噂を知らなかったりします。都市伝説の「核」となるモノもまた,もしかするとそんな風なのかもしれません。
友成純一「悪魔の教室」
 授業中,居眠りをしているときに夢精してしまった少年は…
 相変わらずの「友成節」です。で,わたしも相変わらずスプラッタは苦手です。でも,こういった「教室」という,今考えれば,ほんの小さな,しかしその身を置いていれば,とんでもなく大きく絶対的な「世界」での鬱屈というのは,なんかわかるような気がします。
牧野修「伝説の男」
 些細な間違いをすぐに訂正したがる性分の男は…
 フィクションのリアルへの侵食というモチーフ,こちらもまさに「牧野節」と言っていい作品です。主人公を魔界へと誘い込む男−パーティで何度も会っているはずなのに思い出せない−は,都市伝説で言う「友だちの友だち」なのでしょうね。

06/01/22読了

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