殊能将之『ハサミ男』講談社ノベルス 1999年

 この感想文は,後半部において,内容に深く触れているため,未読で先入観を持ちたくない方にとっては不適切な内容になっています。

 小さな出版社でアルバイトするフリータの“わたし”の正体は,2人の少女を殺害し,その喉にハサミを突き立てたシリアル・キラー“ハサミ男”。ところが,3人目の獲物・樽宮由紀子が何者かによって,“ハサミ男”の手口を装って殺されてしまった! おまけに第一発見者は“わたし”なのだ。“わたし”は,“医師”の助言にしたがって,単独で殺人犯を捜そうとするが・・・

 「第13回メフィスト賞受賞作」にして,『このミス2000』第9位の作品。ネット上でも評判がいいようですが,ようやく読むことができました。
 ストーリィは,ふたつのパーツで進行していきます。ひとつは「わたし」を主人公とした流れ。かつて2人の女子高校生を殺害し,喉にハサミを突き立てたことから,マスコミから「ハサミ男」と名づけられた「わたし」は,3人目の獲物樽宮由紀子をつけ狙います。ところが,「わたし」の目前で彼女は殺されてしまいます。それも「ハサミ男」とまったく同じやり口で殺されます。第一発見者となった「わたし」は,「真犯人」を捜そうと,独自に調査をはじめていきます。ここらへんのサイコ・キラーとしての「わたし」の描き方は,やたらと異質性を強調するような毒々しいものではなく,むしろサイコ・キラーものにありがちな,精神分析的・精神病理学的な犯行の「動機」を描くことを徹底的なまでに排除し,諧謔味を交えた淡々としたものとすることで,独特の手触りを醸し出しています。
 もうひとつの流れは,樽宮由紀子殺害事件を担当する目黒西署刑事課の面々を中心とした流れです。そこに科学捜査研究所の犯罪心理分析官,いわゆるプロファイラーの堀之内靖治警視が加わり,「ハサミ男」を追います。

 殺人者が別の殺人者を捜す,というユニークさはあるにしても,「犯人側」と「警察側」とを交互に描きながらストーリィを展開させていくところは,サイコ・キラーをあつかった警察ミステリの常套的なフォーマットを踏襲したものと言えます。
 しかし,その「フォーマットの踏襲」が単なる見せかけであり,そこに「仕掛け」が施されているであろうことは,最近のミステリの傾向から容易に予想のつくところです。「ふたつの流れに時間的なズレはないか?」「ふたつの流れで同一人物として描かれるキャラクタがじつは違っていないか?」などといった疑いが,読みながら頭の中を駆けめぐることもやむを得ないところでしょうし,ときにその予想があたったときは,真相の驚愕性が半減してしまう場合もあるかもしれません。
 しかしこの手の作品は,「仕掛け」そのものの評価ではなく,「仕掛け」がいかに「作動」するか? 「仕掛け」が作品全体の中でマッチしているか? などの点で評価すべきなのではないかと思います。で,個人的には,この作品の「仕掛け」はじつに巧く,効果的に「作動」していると言えると思います。作者は,「仕掛け」のために,「わたし」に関する「あること」を描写から排除していますが,その排除は注意深く丁寧に行われています。一方,ふたつの流れの「不整合面」もまた,ユーモアをたたえた文体の中に埋没させて,読者の目からそらすことに成功しているのではないでしょうか。そのため,「仕掛け」が「作動」する場面,つまり真相が明らかにされるシーンは,小気味よくすっきりしていて,この手の作品を読んだときに感じてしまうことのある「いやらしさ」がありませんでした。素直に「うまいなぁ」という印象が強かったですね。

 本書でデビュウしたこの作者,さてさて,これからいかなる展開を見せてくれるのでしょうか? 楽しみです。

00/03/05読了

go back to "Novel's Room"