ビル・プロンジーニ『凶悪』講談社文庫 2000年

 “わたし”を訪れた若い女性は,実の両親を捜し欲しいと依頼してきた。関係者が口を閉ざす中,調査の末,“わたし”はようやく真実にたどりつく。苦く,陰惨な真実に・・・だが,それは新たな事件のイントロダクションでしかなかった。恐るべき凶悪事件の・・・

 アーロン・エルキンズの新シリーズが講談社文庫から出ているというので探していて,本書を見つけました。「をを! ひさしぶりの「名無しのオプシリーズ」!」と驚き,手に取り,1ページに目を通して,さらにびっくり。「もうすぐ六十歳だ」。おまけに結婚式シーンからのオープニング。かつて新潮文庫から同シリーズが出ていたのが,すでに20年以上前。わたしがしばらく読まないうちに,“わたし”の人生もいろいろとあったようです。妙にしみじみしてしまいました。

 物語は,死の直前の母親から,自分が養女であることを知らされたメラニー・アン・オルドリッチが,“わたし”に,実の両親を捜して欲しいと依頼するところから始まります。そして“わたし”は調査を開始するのですが,非協力的な関係者からの断片的な証言を手がかりに,四半世紀前の“事件”の真相に迫って行くところが,正統的な私立探偵小説の常道といった展開です。途中で,“わたし”が事務所にコンピュータを導入する必要性に迫られ,タマラ・コービンを助手として雇い入れようとするのですが,ふたりの間で取り交わされる会話は,テンポがよく,また世代を越えたコミュニケーションを上手に描き出していて,おもしろいですね。
 さて,“わたし”が,依頼人の出生の秘密にたどり着くまでは,良くも悪くも伝統的なスタイルを踏襲していますが,後半になると一気にストーリィは加速していきます。前半の“わたし”の調査で明らかになったこと,そして“わたし”が「調査」を行ったこと自体が,新たな事件を招き寄せます。その際,“わたし”がとった行動が,後半での畳み掛けるようなサスペンスフルな展開の巧みな伏線になっているところは,やはりこの作者の長い作家歴の賜物なのかもしれません。とくにクライマクスで,“わたし”が陥る窮地が,じつは“わたし”の私立探偵としての,ごく自然な言動から派生しているところは,巧いですね。

 巻末の「作品リスト」によれば,新潮文庫のほかに徳間文庫でも,本シリーズは出版されている様子。初期の頃と,今回読んだ本作品とのギャップを,これらの作品が埋めてくれるのでしょう。そういえば,“わたし”は,たしか「パルプマガジン」のコレクタという設定でしたが,本作品にはそのことについてはぜんぜん触れられていませんでした。どうしたのかな?

01/02/12読了

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