辻真先『犯人 存在の耐えられない滑稽さ』創元推理文庫 1995年

 ベテラン推理作家・若狭いさおと新人作家・佐々環。犬猿の仲のふたりが決闘! あわてふためいた文英社編集局の面々は,小島にある若狭の別荘に向かう。そこで彼らが見つけたのは,首をかき切られた若狭の死体だった。しかし別荘は厳重に戸締まりされ,完璧な密室。ついさきほど別荘の電気を消した人間がいたはずなのに,死体以外誰もいない! 犯人は佐々環なのか?

 なんとも凝った構成です。上に紹介したメインストーリーとともに,その間に,若狭いさおと佐々環が書いた作品各2編,計4編がはさまれます。ご丁寧に,若狭の作品はライト・ミステリー風なのに対し,佐々の作品は新本格風の嵐で孤立した西洋館での殺人。さらに章立ては「プラス○章」と「ゼロ○章」「マイナス○章」といった具合に,解説を書いている折原一風の意味ありげなものになっています。それでもメインストーリーの文章は軽快で,テンポよくポンポン進んでいきます。だから読んでいて,あちこちに散りばめられた趣向に目を奪われているうちに,気がつくとクライマックスの謎解きにたどり着いています。一種,作品全体が騙し絵になっているような作品です。ただ文章の軽快さは,「コメディ風」というより,「喜劇風」といった方がよく似合いそうな,レトロな感じがします。

 こういった作中作をともなった作品というの,しばしば読者に対してトリックが仕掛けられていることが多く,それがうまく「はまる」と,クライマックスの驚きというのは,普通のミステリでは味わえない,独特なものになります。この作者の出世作(?)『仮題・中学殺人事件』を読んだのは,もうずいぶん前のことで,ほとんど内容は忘れてしまいましたが,その結末の意外さだけは,心に残っています。で,この作品なのですが,作中作として描かれている4つの(正確には5つの,ということになりますが)作品は,たしかに謎解きの重要な手がかりとはなっていますが,各作品で描かれている設定や謎が,メインストーリーと,どうも直接的には結びついてないように思えます(佐々環の『幻覚館の惨劇』は,この作品そのものの騙し絵的性格をシンボライズしていることはたしかでしょうが)。だから作中作がみょうに浮いてしまった感じになっているのではないでしょうか。またその謎解きの際に示される文章の分析も,それはそれで興味深いものではありますが,謎解きそのものの決定打にはならず,「はいはい,おつかれさまでした」というくらいにしか感じられません。最後の最後の結末も,伏線は引かれているものの,唐突な印象が拭えません。凝った構成をしているに関わらず,文章も読みやすくサクサクと読めるのですが,どうも読後に不完全燃焼のような澱みが残ってしまいました。

97/05/04読了

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