山田正紀『剥製の島』徳間文庫 1985年
8編の短編を収めています。それぞれにテイストは違いますが,その底には,巨大な「力」と対峙する個人,というモチーフが横たわっているように思います。
「アマゾン・ゲーム」
警察官に射殺された弟の仇を討つため,二戸寛は,“大アマゾン人工湖計画”の発送電システムへと単身乗り込む…
発送電システムを麻痺させようと,ゲーム板のごとく張り巡らされた運河網を疾駆する主人公,それを阻止しようとする男・・・単純化され,限定された目的と方法,それはまさに,タイトルにありますように,限りなく“ゲーム”に近いものなのでしょう。しかしラストでゲームそのものをひっくり返すところが,この作者らしいですね。
「閃光」
暗殺計画に関する暗号を偶然手にしてしまった浪人生ふたりは…
「暗号もの」のサスペンスであるとともに,アンチ・クライマクス的な結末が,青春小説的な側面を匂わせています。
「賭博者」
ルーレット場で常勝するフランス女を,やりこめてほしいと頼まれた“余”は…
不思議な感触を持った作品です。フィクションと現実との混淆は,この作者の愛着するモチーフのひとつなのかもしれません。
「湘南戦争」
一触即発の“湘南ボーイ”と“漁協”との対立は,“私”の一言で火がつき…
「真の「悪」はみずからの手を血で汚すようなことはない」という言葉を読んだことがあります。ラストでの「おまえは何者なんだ」というセリフが,おぞましい虐殺の果ての底知れぬ不気味さを巧く表しています。
「密漁者たち」
北海道沖で密漁を生業とする“俺”と“親父”は,断ることのできない依頼を持ち込まれ…
ハードボイルド・タッチの一編です。「あんたが俺たちのことを密漁者と呼ぶのか」という主人公のセリフには,時代や状況の中で押し潰され,虐げられた者の怒りと矜持が感じられます。
「イブの化石」
死海付近で発見された女性のミイラ“イブの化石”,そこには割礼が施されていたのか?
ブラック・ユーモアにあふれた作品です。蘇生術と無人兵器が発達した世界の戦争において,人間の果たす役割は,その幕間に踊るピエロでしかないのかもしれません。
「マリーセレスト・2」
別荘地から13人もの住人が姿を消した。つい先ほどまで生活していた痕跡を残したまま…
タイトルにありますように,有名な「マリーセレスト号の謎」を彷彿させるSF的な人間消失を,少々強引ではありますが,現実の地平に着地させる大技には,ミステリ作家として作者の顔が色濃く出ています。
「剥製の島」
北の孤島でカラスが大増殖したのは,一羽の巨大カラスのせいだと,友人は言う…・
グロテスクで悪夢のような小宇宙を描いています。「湘南戦争」と同じように,理由も根拠もない純粋な「悪」は,ここでも美しい女性の姿をとっています。「私のような女に,身の上話は似合うと思って?」のセリフには,ぞくりとする妖艶さがあります。主人公たちにとって恐るべき脅威である巨大カラスも,いや,主人公たちさえも,彼女にとっては盤上の駒にしか過ぎないのでしょう。その姿は,中国古代王朝を滅ぼしたといわれる絶世の美女にして妖女・妲妃を思わせます。本集中,一番楽しめました。
98/12/10読了
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