阿刀田高『箱の中』文春文庫 1997年

 阿刀田高は,わたしのお気に入りの短編作家のひとりです。もっとも「男女の心の機微を描いた」とされる作品群はほとんど読んでませんが,ミステリやホラーの短編を書かせたら,この人ほど当たり外れの少ない作家もめずらしいのではないでしょうか。これも,そんな「ぞくり」とさせてくれる作品10編を集めた短編集です。

「モロッコ幻想」 
 テレビの仕事でモロッコを訪れた「私」は,ある村の魔術師から,奇妙な仕草を見せられ…
 アラビア綺譚とでもいうのでしょうか。なんとも幻想的で不可思議な雰囲気を醸し出している作品です。「お月さまを取って」と子どもにせがまれたお父さんは,洗面器に水をはり・・・,というお話を思い出しました。
「箱の中」
 コカイン密売で逮捕状の出た息子のことを知らせに,別れた妻のもとを訪れた男がそこで見たものは…
 気遣いが裏目に出てしまう皮肉な結末です。思わず「にやり」としてしまいます。
「暗い頭」 
 あるイラストレーターが,バーで隣り合わせになった男は,十数年前,「あなたの作品を盗作した」と訪れてきた男だった…
 これまた奇妙で,それでいて場面を想像すると,底深い恐ろしさを秘めています。律儀さも度を超すと・・・,という話です。ストーカーものの変形でしょうか。
「知らないクラスメート」
 同窓会にいた,誰も知らないクラスメート。彼女は突然,不穏なことを口走り…
 同窓会で見知らぬクラスメートと再会(?)するというネタは,短編ミステリやショートショートの定番ですが,この作品は,最後がなにやら不気味です。
「死んだ女」 
 かつてつきあっていた女の実家を訪れた男がそこで見たものは…
 これはあまりにオーソドックスなストーリーで,結末が読めてしまいます。
「陽の当たる家」
 平穏な老後を送る老婆。彼女の娘が,民話に出てくる主人公を「前世の自分だ」と言い出し…
この作者らしからぬくり返しが多くて,ちょっと冗漫です。ただ,ときとして,物語は最後に「落ちない」ことが,言いしれぬ恐怖を呼び起こすものです。これもそのひとつ。最後の一文が意味深長です。
「青と赤の二人」 
 ガレージ2階の下宿から,いつも見かける青と赤の2つの自転車。それをきっかけに,男は変な妄想に取りつかれ…
 最後で,日常と非日常がくるりと反転する結末が秀逸です。この作品集で一番好きです。
「強清水(こわしみず)」 
 出張先で,男は夢とも現実ともつかぬ滝を見る。滝のそばにはひとりの少年が…
 これもオチが効いてます。また最後の一文が,その後の男の行く末を暗示していて,余韻があります。
「汚れたガラス窓」 
 同棲しているマンションに,「窓ガラス掃除いたします」のチラシが入っていたが…
 余韻が,それも不気味な余韻を残す作品です。なぜ母親は,窓ガラスの掃除を依頼しようとしたのか? 伏線も効いてます。
「帰り道」
 旅行先の香港で,男は道に迷ってしまい…
 この作品のオチは「死んだ女」と同じだと思ったのですが,そこはやはりこの作者,奇妙な幻想譚に仕上げています。

97/05/12読了

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