大原まり子『銀河ネットワークで歌を歌ったクジラ』ハヤカワ文庫 1984年

 表題作を,とり・みきのマンガ化作品で読んで以来,長いこと,読みたい読みたいと思っていた作品集です。6編の短編を収録しています。

「銀河ネットワークで歌を歌ったクジラ」
 “ぼく”の住む星に4年ぶりにやって来た“ガードゥス・ショウ”の,今回の目玉はクジラだった…
 「三十をすぎたおとなは,みんな敵だった」と語る主人公の語り口が,じつにいいです。しかし,そこにどぎついギラギラがないのは,本当の“語り手”が,すでに少年期を過ぎた“ぼく”だからなのでしょう。たしかに,ガードゥスのセリフ,「人生の九十八パーセントはクズ」には,わずかなりとも真理が含まれているのでしょう。しかし,その「クズ」を支えているのは(支えていけるのは),残りの「2パーセント」なのかもしれません。SFという体裁をとりながら,秀逸な青春小説なのではないかと思います。
「地球の森の精」
 伯母が死んだとき,“私”には「なにか」が憑いた…
 「なぜわざわざSFという設定をとるのだろうか?」という疑問が,読んでいて頭から離れなかったのですが,ラストにいたって,その理由が明らかになるとともに,SFだからこその着地点には感心しました。
「愛しのレジナ」
 愛娘レジナ……“私”が殺した彼女が還ってきた。口許から牙をのぞかせ…
 途中に挿入される「A」「B」・・・という断章的なシーンから,物語の構造そのものは見当がつくのですが,ラストで見せるミステリ的なツイストには驚かされました。哀しいけれど,希望をもたたえたエンディング・シーンがきれいです。
「高橋家,翔ぶ」
 “ぼく”とサチコとおふくろ,そしてラジェンドラ人のヘルダは,“家”に乗って仕事へ向かう…
 舞台はいかにもSFSFしているにもかかわらず,登場人物たちが妙に所帯じみていて,そのアンバランスさが不思議な雰囲気を醸し出しています。途中までは,「あ,苦手なファンタジィ・テイストかなぁ」などと思っていたのですが,設定が明らかにされるにおよんで「をを,なるほど」と膝を打ちました。前作と同様,哀しみの中にも,どこか清々しい爽快感のあるエンディングですね。
「有楽町のカフェーで」
 有楽町のカフェーで,“ぼく”は彼女が来るのを待っている…
 「さて,どこでSFになるのかな?」と思っていたら,最後まで主人公のモノローグで終わってしまい,なんだか物足りない感じが残りました。それでも,遅刻した恋人を待つ男の心理―考えがあちこちに飛びながらも,いつの間にか恋人のところに戻ってくる―を,スケッチ風に巧く切り取った作品ですね。
「薄幸の町で」
 SF作家・内山敦彦は,恋人のSとともに,“あれ”以来,その姿を変えた町の中を喫茶店に向かう…
 主人公のふたりは,前作と同じです。ふたりの日常的な(ちょっと変わった)恋の風景,人類滅亡の光景,主人公の書いた能天気なSF作品(「大宇宙のセールスマン」)――まったく異なる3つのベクトルの「物語」をひとつのストーリィに混ぜ込むことで,奇妙な手触りを持った作品に仕上げています。ラスト・シーンはいいようないやるせなさに満ちています。

00/01/19読了

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