山田風太郎『幻妖桐の葉おとし』ハルキ文庫 1997年

 徳川幕府開府直後から幕末までを舞台にした伝奇時代小説6編を収録しています。この作者らしい「毒」と「嗤い」がふんだんに盛り込まれています。

「幻妖桐の葉おとし」
 亡き太閤の妻・湖月尼,俗名・寧子(ねね)に呼び出された7人の豊臣方勇将たち。彼らが彼女から見せられたものは一面の絵図面だった・・・
 大坂の役直前,大坂城の抜け道を描いたとされる絵図面をめぐって,つぎつぎと殺される戦国武将たち―浅野長政,真田昌幸,堀尾吉晴,暗躍する凄腕の忍びの者たち,“犯人”は徳川方か,それとも豊臣方か? そしてラストで明らかにされる意外な真相・・・。う〜む,設定といい,展開といい,読んでいて,わくわくどきどきする作品ですね。短編ながら伝奇小説の醍醐味を味わえる作品です。タイトルも秀逸で,本作品集で一番楽しめました。
「数珠かけ伝法」
 博打に女房を賭けて敗れた旗本が,最後に賭けたものは・・・
 歪んだ三角関係に博打を絡め,独特の鬼気を描き出した綺譚です。途中「あれ」と思ったところが,最後の最後で効いてきます。
「行燈浮世之介」
 謎の男たちにさらわれた吉良上野之介を追うお慶は,ひとりの武士と出会い・・・
 この作品と,つぎの「変化城」はともに,「忠臣蔵外伝」といった設定の作品です。ある大事件(この場合は,赤穂浪士の討ち入り)の背後に,奇妙な因縁がある,という点で,オーソドックスな伝奇物といえましょう。作中に出てくる敵役「大小神祇組」の「食事シーン」がたまりません^^;; またところどころで挟まれる現代社会への強烈な皮肉は,テレビの「必殺シリーズ」へと引き継がれるのでしょう。
「変化城」
 赤穂浪士たちに狙われる上野之介は,主家の米沢城へ逃げようとするが・・・
 「忠臣蔵」をめぐる赤穂方,吉良(上杉)方,幕府の策略や暗躍を描いた,一種の陰謀劇めいたテイストをもった作品です。そこに米沢城に伝わるという「変化」の伝説を絡めて怪奇趣味を盛り上げるとともに,米沢に逃げようとする上野之介の目前に現れる,不気味な文面の紙片の書き手は?といったミステリ的趣向など,これまたぜいたくな作品といえましょう。ただ元ネタである「忠臣蔵」を知っていた方が,より楽しめると思います。
「乞食八万騎」
 幕府崩壊前夜,非人に身を落とした女を救い出そうと考えた武士たちが見たものは・・・
 江戸時代の「士農工商」という厳格な身分制度の最下層に位置づけられた“非人”たち。近代以降の「同和問題」が関係してくるナイーヴな題材だけに,時代小説ではあまり取り上げられない彼らを,真っ正面から描き出しているところは,やはりこの作者の反骨精神,批判精神の現れなのでしょう。単なる皮肉と思われた描写が伏線として効いてくる痛快で奇想天外なラスト・シーンは,「秩序」を信奉するものたちへの嘲笑に満ちています。
「首」
 桜田門外で惨殺された井伊大老。襲撃者によって持ち去られた彼の首は,思わぬ人々の手に渡り・・・
 「安政の大獄」で,勤王の志士たちをつぎつぎに血祭りに上げた井伊直弼。その“首”に振り回される人々を描いた作品です。「虎は死して皮を残す」といいますが,善にしろ,悪にしろ,凡人には計り知れない“こと”をなした人物というのは,死してもなお,強烈な磁場のようなものを残すのかもしれません。そんな井伊直弼の姿を,本人を描かないことで描き出してしまうところに,(いまさらわたしが言うまでもありませんが)この作者の並々ならぬ力量を感じてしまいます。

99/02/05読了

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