日影丈吉ほか『甦る「幻影城」III』角川書店 1998年

 この巻は,『幻影城』が刊行されていた当時,すでにミステリ作家として活動していた作家さんや,新人賞以外で『幻影城』からデビュウした作家さんの短編11編を収録しています。
 いくつかの作品についてコメントします。

天童真「多すぎる証人」
 団地で起きた殺人事件。犯人らしい女性を目撃した証人は数多くいたのだが,彼らの証言はことごとく食い違い…
 身体障害児の少年を探偵役にすえた「信一少年シリーズ」の第1作です。この作品は,雑誌掲載時に読み,探偵役のキャラクタの特異性と,謎解きの鮮烈さに,心に長く残った作品です。「矛盾する証言」の調理の仕方が絶妙です。今回読み返してみても,やはりおもしろかったです。エンディングの後味の良さもいいですね。
藤木靖子「微笑の憎悪」
 子どものできない妻を追い出し,若い新妻と結婚した男。子供の産まれた家庭に,元妻が通いはじめ…
 オチはいくつかのパターンが想定できますし,またそのオチも,そんなパターンのひとつといっていいでしょう。しかし描き方が巧いので,ラストは迫力があります。因果応報譚のようなところもあります。こ〜ゆ〜絵に描いたような身勝手な男って,いまもいるのでしょうかね?
竹本健治「陥穽」
 断崖の上に座る彼の元に訪れたひとりの男。男は,かつて経験した殺人事件について語り始め…
 作中で語られる殺人事件そのものは,オーソドックスな本格ものという感じですが,それを語る設定と,心理的な駆け引きが楽しめる作品です。それにしても,この作者,『匣の中の失楽』以外で『幻影城』に発表した作品って,これだけなんですねぇ。
中井英夫「殺人者の憩いの家」
 異形の殺人者を収容する奇怪な療養所“月食領”。ある思惑を秘めて“私”は所長を訪ねるが…
 中井英夫の幻想的な連作短編集,たとえば『とらんぷ譚』『人形たちの夜』などは,一時期かなり好きで,何度も読み返しました。東京創元社から刊行中の『中井英夫全集』も買ってはいるのですが,なかなか読む時間がとれないのが残念です。ひさしぶりにこの作家の作品を読み,彼のペダントリックな文章と,アウトサイダ的で孤高な世界を味わえました。
赤川次郎「五分間の殺意」
 佐々木が毎朝駅で出会う女子高生。ところがその彼女が知り合いの朝田とラブ・ホテルから出てくるのを目撃し…
 ツイストの効いたラストが巧いですね。こういった切れ味のいい作品を書いていたんですよね,この作者も・・・。ところでこの作者の作風には,どこかシニカルでクール,そしてブラックな感性が含まれているように思います。ですから「ユーモア・ミステリ」という一般的なレッテルには,どうも首を傾げてしまうところがあります。

98/05/10読了

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