加納朋子『ガラスの麒麟』講談社 1997年

 通り魔に刺殺された少女。彼女の名は安藤麻衣子,高校2年生。ひとりの少女の死が,周囲の人々に巻き起こす波紋。少女の死をめぐる謎と,その波紋を描いた6編をおさめた連作短編集です。

 この作者の名前は,いままで何度も見聞きしていましたが,この作品が初見です。一読,巧いなあ,という感じですね。とくに推理作家協会賞を獲得した表題作「ガラスの麒麟」安藤麻衣子の死の直後,彼女の友人野間直子「わたしは安藤麻衣子」と言いはじめ,ふるまいも麻衣子に酷似し・・・。最初は「宮部みゆきの超能力もの風の展開なのかなと思いましたが,結末はきちんと理に落ちます。本連作の主人公でもある探偵役神野菜生子が初登場ということもあって,その推理の鮮やかさも印象的です。
 「三月の兎」は,その神野先生(養護教員)が勤める花沢高校が舞台です。そこの女子生徒に突き飛ばされて古伊万里の壷を割ってしまったという老婆が現れ・・・。この作品も伏線が効いていて,神野先生の推理の鮮やかさが光っています。
 「ダックスフントの憂欝」は,“連続猫切り魔事件”,注意深いはずの猫たちが,なぜナイフで切られたのか? それがメインの謎となります。今回の神野先生の推理は,ちょっと「妄想的」な感がなきしにもあらずですが,むしろこの作品集全体に主調低音のように流れる「いわれなき悪意」がもっともよく出ている作品のように思えます。不気味で恐いです。
 「鏡の国のペンギン」では,安藤麻衣子の幽霊が出るという噂が高校に流れ,そして麻衣子の友人成尾さやかの周囲に不穏な影が・・・。これも見事に騙されました。また神野先生のサイコ・セラピスト風の推理もなかなか説得力があると思いました。そしてエンディングに差し込まれたさりげない一節,短編として読むとちょっと浮いた感じですが,作品集を読み終わって改めて見ると,納得できます。
 「暗闇の鴉」は,花沢高校でかつて起きたボヤ事件,そして安藤麻衣子との関わりがメインとなります。神野先生の「死者からの手紙」の謎ときがすっきりしていてわかりやすいです。また「空の星を人間は勝手に結び付けて,星座を作ったりしているけど,一つ一つの星は実際にはすごく離れているんだ」というのがいいですね。「偶然です,恐ろしい偶然がこの惨劇を生みだしたのです!」なんて言われると鼻白んでしまいますが,同じようなことを,こういった比喩で書かれると,「なるほど」と思ってしまいます。やはり小説で大事なのは「書き方」なのでしょうね。
 そして最終作「お終いのネメゲサウルス」。これまでの雰囲気(「いわれなき悪意」の犯罪)が一変,前5作で描かれた事件や出来事が,伏線となって急浮上,まったく異なる“絵”が描き出されていきます。ちょっと展開がバタバタしてしまっている部分もありますが,姿を消した神野先生の行方を探すプロセスは,サスペンスフルで,楽しめました。結末は,腑に落ちない部分がまったくないわけではありませんが,発表誌の異なる短編ですから,しかたないところもあるのでしょう。
 印象的だったのは,神野先生が“私”に「さようなら」を言うシーンです。「死にたがり屋の生きたがり」といったセリフが,この作品集で何度か出てきますが,犯人との対決を目前にした神野先生の「さようなら」は,「死にたがり屋」の彼女の「生きたがり」の部分を描き出しているのではないかと思いました。

 神野先生の目を通じての,作者のあたたく,またやわらかでいて,しかしだからといってけっしてあまっちょろくない,醒めた,ときとして冷たいとさえ感じる“少女たち”への眼差しが,作品集に独特の,読んでいて心地よい雰囲気を与えていますね。他の作品も読みたくなりました。

97/08/30読了

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