桐野夏生『ファイアボール・ブルース』文春文庫 1998年

「女にも荒ぶる魂がある。
 まず,そのことをわかっていただきたい。」
(本書「あとがき」より)

 女子プロレス団体PWP,その最強の実力レスラー・火渡抄子。男子レスラーとの変則タッグマッチで,相手の外国人女子レスラーがリングから失踪。いったいなぜ? そして新聞には身元不明の白人女性の死体が川に浮いたという記事が・・・。“荒ぶる魂”を胸に秘めた彼女がたどり着いた真相とは・・・。

 この作者の作品は,江戸川乱歩賞を受賞した『顔にふりかかる雨』が,いまひとつ馴染めなかったせいか,その後,ちょっと敬遠しているところがありましたが,『OUT』がずいぶんと評判がいいのと,「女子プロレス界」という,ほとんど知らない世界を舞台にしているという点に惹かれて,読んでみました。

 いやぁ,おもしろかったです。まずはストーリィ展開のテンポがいいです。リングから失踪した外国人女子レスラー,そして身元不明の死体,物語のメインとなる謎が冒頭に提示され,それを解き明かそうとする,火渡,彼女の付き人の近田,プロレスマスコミの記者・松尾の姿を追っていきます。さらにその間に,火渡と,最大女子プロレス団体「オール女子」のナンバーワン選手HIMIKOとの因縁の対決や,若手レスラーの失踪事件や,PWP内部での確執やリンチ事件などが絡んで,スピーディに,そしてミステリアスにストーリィは展開していきます。本格ミステリではないので,それらの事件が最後にすべて結びつくわけではありませんが,むしろそんな小細工をしなかったのがよかったのでしょう。文庫版300ページ弱という,お手頃の分量のせいもあってか,一気に読み進めることができます。

 またこの作品を楽しめたもうひとつの理由は,「視点」を,本作品のメインキャラである火渡抄子ではなく,彼女の付き人である近田にしたことにもあると思います。近田はデビュウ2年目ながら,いまだ1勝もあげることのできない“三流レスラー”です。「なぜ勝てないのか? どこが悪いのか?」彼女は悩みながらも,プロレスラーとしての日々を送っています。そんな彼女の悩みや焦り,そして火渡に対する憧憬,ときおりみせるミーハーなところ,などなどが,読んでいて,非常に親しみをおぼえます。
 もし,実力があり,なおかつ孤高を保つ火渡を「視点」に持ってきたら,それはそれで,ずいぶんと違う雰囲気になったのではないかと思いますが,少なくとも,近田ほどの感情移入はできなかったのではないかと,個人的には思います。

 ところで,この物語は近田の一人称で語られていますが,彼女は自分のことを「わたし」でも「私」でも「あたし」でもなく,「自分」と言います。読んでいるときは,「さすが女子プロレス界は,体育会系やなぁ」ぐらいにしか思わなかったのですが,作者が「文庫版あとがき」の中で,「自分」という人称が「中性性を獲得している」と書いてあるのを読んで,「なるほどなぁ」と目から鱗が落ちるような気分になりました。

98/05/27読了

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