G・K・チェスタント『ブラウン神父の童心』創元推理文庫 1982年
最近,身辺慌ただしく,長編を読む時間がなかなかとれないので,短編集を探しに書店に行ったところ,「ブラウン神父シリーズ」がずらり。考えてみると,このあまりに有名な古典をきちんと読んだことなかったな,と思い,とりあえず一番有名な本書を購入しました。
読んでいて,「亜愛一郎のご先祖さまなんだな」という感じがしました。つまり「解釈型推理」というか「妄想型推理」とでも言いましょうか。不可解な謎が散りばめられ,ブラウン神父が,一見つながりのないように見えるそれらの謎を,するすると再構成して真相を明らかにする,というパターンが多いようです。この手のミステリはちょっと苦手のところもありますが,ブラウン神父の言葉の端はしに挟まれるアフォリズムを楽しんでいるうちに,しっかり作者の術中にはまってしまうようです。
収録された12編のうち,いくつかの作品についてコメントします。
「青い十字架」
大泥棒フランボウを追って,イギリスに来た名探偵ヴァランタン。手がかりを失った彼の前に奇妙な出来事が続発し…
砂糖と塩の入れ替えられた容器,壁の染み,ひっくり返された売り物のリンゴ,割る前に弁償されたガラスなどなど,なんとも奇妙な出来事が並べられ,ラストでそれらがきれいに解き明かされます。その点はなるほどと納得できますが,ちょっと危ないところもあるように思います。なんでブラウン神父はヴァランタンが追跡してきたことを知っていたのでしょうか?
「秘密の庭」
ヴァランタンの自宅で首切り殺人が発生! 犯人は逃走したかのように思われたが…
作中トリックもなかなかおもしろいものでしたが,それ以上に,この作品そのものに仕掛けられた仕掛けに驚きました。前作「青い十字架」とセットになった作品ですね。こういったトリックが80年以上も前に出されていたとは!
「奇妙な足音」
ホテルの1室でブラウン神父が聞いた奇妙な足音。彼は犯罪の匂いをかぎ取り…
足音だけでここまで推理するのは,少々妄想が過ぎるきらいがありますね。むしろこの作品の目玉は,神父の推理にあるのではなく,こういったトリックを思いついたフランボウにあるのではないかと思います。冒頭の一節がラストでニヤリとさせられます。
「イズレイル・ガウの誉れ」
失踪した奇人グレンガイル卿の城に残されたものは,いずれも奇妙なものばかり…
E・A・ポーの作品を思わせる不気味な雰囲気に満ちた作品です。とくに嵐の中での墓掘りとその結末は鬼気迫るシーンです。
「狂った形」
密室状態で死んだ芸術家。彼は不思議な形をした紙に遺言を残し…
密室ものとしては古典的なトリックですが(あたりまえか! 古典なんだから),それよりも片隅を切り取られた紙片の謎解きが,「なるほど」と納得でき,おもしろかったです。それにしても当時(19世紀末)のアジアのイメージって,こんなものだったんですね。
「神の鉄槌」
敬虔な兄と無頼な弟。その弟に神の鉄槌が下され…
なぜ犯人は小さな凶器で,被害者の頭を打ち砕くことができたのか,という謎です。ラストまで読んで,もう一度読み返してみると,フェアとアンフェアぎりぎりのところといった感じです。でもうまくいくのかなぁ・・・?
「アポロの眼」
エレベータの縦坑で墜死した女性。自殺か? 事故か? 殺人か?
新興宗教の教祖の人物造形はおもしろいのですが,この真相であったら,もう少し伏線がほしいところです。
「折れた剣」
なぜ英雄セント・クレア将軍は,生涯最後に無謀な突撃を試みたのか…
有名な「賢い人間なら樹の葉をどこに隠すか?」というセリフの出てくる作品です。あまりに有名すぎてネタはすでに知っていましたが,ブラウン神父の語り口は迫力があります。
「狂気と絶望だけなら罪はない。世のなかには,それよりもっとひどいことがあるんだよ」
というセリフは,ズンとくる重みがあります。
98/03/13読了
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