ロバート・J・ソウヤー『占星師アフサンの遠見鏡』ハヤカワ文庫 1994年

 頭の固い師匠サリードに反発ばかりする見習い占星師アフサンは,慣例に従って,<神の顔>を拝むための巡礼の旅に出た。旅の途中,彼が手にした“遠見鏡”,そしてそれを通して見た「世界」は,アフサンの人生を大きく変えるものとなった・・・

 この作者の作品を読むのは4冊目です。じつは,本書を買ってからしばらく経つのですが,タイトルにある「占星師」,表紙カヴァの人間っぽい恐竜の姿,ページを開くと架空の大陸の地図・・・「う〜む・・・“異世界ファンタジィ”かぁ? これまで読んだソウヤー作品とはテイストがずいぶん違いそうだなぁ」と思ってしまって,ちょっと手をつけるのをためらっていたんですよね。
 で,読み始めると,たしかに異世界ファンタジィ風な設定の作品です。舞台は「大河」に浮かぶ「大地」,そこには地球で言えば恐竜から進化したようなキンタグリオによる中世ヨーロッパ風の王国が築かれています。主人公のアフサンは,宮廷占星師サリードの弟子ですが,師匠の保守的なやり方に反発しています。そして巡礼の旅の途上,遠見鏡で観察した星々の姿から,師匠や僧侶たちが墨守する「世界観」が間違っていることに気づきます。このあたり,中世ヨーロッパの神学から近代自然科学への歴史的移行を,寓話的に描いているように思えます(アフサンは,ガリレオであり,ケプラーであり,ニュートンであり,さらには世界周航したマゼランでもあるわけですね)。
 作者は,そんなアフサンの成長と「時代の変化」をアクションをたっぷり織り交ぜた,リズム感あふれる展開で描いていきます。「狩猟儀礼」や,海上でのカル=タ=グートとの死闘など,手に汗握る緊迫感に満ちています。そのストーリィ・テリングの巧みさこそが,設定こそ違え,他の作品とも共通する,この作者の「エンタテインメント作家」としての資質なのでしょう。

 さて,上で「異世界ファンタジィ」と書きましたが,「ファンタジィ」というのは「ファンタジィ内での論理」によって支配されている世界だと思います。たとえわたしたちの物理法則・日常感覚とはかけ離れた「魔法」であっても,それが所与のものとして首尾一貫した論理であれば,それはそれでかまわないと思います。むしろその「ファンタジィ内論理」のユニークさが,ファンタジィの特質とも言えましょう。
 そういった点から本編を見ると,たしかに舞台設定こそファンタジィ的ではありますが,アフサンが見いだす「世界の動き方」は,むしろ「わたしたちの世界」と同じ物理法則であり,天文学的運動です。つまりこの作品の世界は「わたしたちの世界」との接点を持っていることであり,同時にストーリィが,ファンタジィをスタート地点にしながら,「わたしたちの世界」へ向けて進んでいく「脱ファンタジィ」とも考えられます。もちろん展開の仕方はおそらくSF的なものでありましょう。
 この「わたしたちの世界」に向かう「脱ファンタジィ」のSF的方向性について,じつはもうひとつ,わたしなりの「仮説」を持っています。てっきりラストではっきりすると思っていたのですが,「訳者あとがき」によれば,本作品は「キンタグリオ3部作」のファースト・エピソードとのこと。「仮説」の正否はいましばらく「おあずけ」といったところです。

 それにしてもこの「世界」では,「食文化」は発展しないだろうなぁ(笑)

01/07/15読了

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