雨宮早希『EM(エンバーミング)』幻冬舎ノベルズ 1997年

 この感想文は,作品の内容に詳しく触れているため,未読で,先入観を持ちたくない方には,お薦めできない内容になっています。ご注意ください。

 エンバーマー・村上美弥子のもとに運び込まれた一体の死体。それは,鋭利な刃物で自らの躰を切り裂いて自殺した少年だった。少年の死体にいくつかの不審な傷を発見した彼女の周囲では,その後,不可解な出来事が頻発する。何者かが彼女を狙っている。また生前の少年についての証言は,人によって大きく食い違い,同一人物とは思えない。そして続いて起こる殺人事件。少年の秘密とは? そしてその死にはなにが隠されているのか? 

 「死」は普遍的な現象ですが,「死」や「死者」に対する対応は,時代や地域によって,大きく異なり,きわめて多様です。そういった対応の一形態としてのエンバーミングには,前々から関心がありました。この作品についても,その関心から発して,読んでみました。だから,その方面に関する描写は,それなりに(個人的には)おもしろく読めました。 

 が,一個の物語として読んだ場合,正直なところ,あまり魅力を感じませんでした。なんだか盛り上がりに乏しいというか,メリハリがないというか。クライマックスの主人公と犯人との対決シーンも緊張感ないし・・・。
 ストーリーは主人公村上美弥子を中心に進展していきますが,ところどころ,彼女が登場しないシーンが挿入されます。それは平岡刑事の視点であったり,死んだ少年の祖父であったりします。それが,とってつけたように断片的に挿入されるものですから,まるでストーリーの解説というか,「ト書き」みたいな印象があり,物語の中で浮いてしまっています。

 それと登場人物にどうも魅力が感じられません。主人公は,世評高い技術をもつエンバーマーという設定で,エンバーミングのシーンは,具体的で,(おそらく)リアルなものなのでしょう。ところが気にかかったのが,エンバーミングを施すための料金について,まったくと言っていいほど,記述がありません。エンバーミングがボランティアではなく,ビジネスである以上,当然,料金が存在するはずです。間接的に描かれる様子からして,けっして廉価なものではないのでしょう。
 すると,主人公がいくらエンバーミングの社会的必要性のようなものを主張したとしても,それは,エンバーミングの代金を払い得る人々の間での必要性にしか過ぎないように思えます。葬儀の料金については,言及があるにも関わらず,本作品のメインモチーフであるエンバーミングの料金について言及がないのは,なんとなくアンフェアな気がします。そのことが主人公の立場を中途半端なものにし,へんにとりつくろった印象を与えてしまっています。 

 また,平岡刑事についてですが,登場していきなり「らしくない」行動をとる,というのも,変な話です。読者にとって,平岡刑事というキャラクターに関する知識は白紙の状態ですから,最初から「彼らしくない」といわれても,ピンときません。
 あと個人的なことですが,44歳の男が,32歳の女性に対して「美弥ちゃん」と呼ぶ感覚,さらにそのことをすんなり受け入れている主人公の性格,ともになじめないものですね。

 本作品では多重人格が大きなテーマとなっていますが,それほど多くはないであろう多重人格者が,偶然出会うというのも,なんとなく説得力がないように思えます。
 またセラピストから,多重人格者は催眠術にかかりやすい,という話を主人公が聞いていたという伏線がひかれていますが,だからといって,それまで催眠術のトレーニングを受けたという記述もない主人公が,都合よく催眠術で危機的状況を脱するというのも,あんまりといえばあんまりです。
 それにエンバーマーとしての主人公が,少年の秘密を知ってしまったから狙われる,という動機も,司法解剖をした医者や刑事は対象にならず,エンバーマーだけ狙われるというのも,考えて見れば奇妙な話です。 

 作者のあとがきによると,これはシリーズものとなるそうです。しかしデビュー作から,シリーズを念頭に置いた水増し描写(たとえば主人公の恋人のことなど)が多いというのも,読者をバカにした書き方ではありませんかねえ。 

 エンバーミング,あるいはエンバーマー,さらには多重人格という素材自体は十分「おいしい」ものですが,それを「おいしい」物語に構築するということとは,また別の話なのでしょう。  

97/04/11読了

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