江戸川乱歩ほか『江川蘭子』春陽文庫 1993年

 両親を惨殺され,その血溜まりのなかで嬉々として遊ぶ2歳の少女・江川蘭子。そんな呪われた星の下に生まれた彼女が辿る数奇な運命とは・・・

 ひとりの悪女の生き様を,6人の<探偵小説作家>が書き継いでいった<合作探偵小説>です。今風にいえば“リレー小説”といったところでしょうか。戦前に発表され,以前『幻影城』に再録されたものを読んだことがありますが,いつものことながら内容はすっかり忘れてます。古本屋で春陽文庫版を見つけ,読んでみました。
 執筆している作家の顔ぶれは以下の通り,いずれも戦前のミステリ界を代表する人たちです。

江戸川乱歩「発端」
横溝正史「絞首台」
甲賀三郎「波に躍る魔女」
大下宇陀児「砂丘の怪人」
夢野久作「悪魔以上」
森下雨村「天翔ける魔女」

 さてそれぞれ特色のある作家だけに,同じキャラクタとはいえ,独自のアプローチと描写が楽しめます。江戸川乱歩と横溝正史の描く江川蘭子は,奔放に男たちを手玉に取り,淫靡な快楽に身を任せる,いわゆる“毒婦”という感じです。この作品を書いた時点での横溝正史は,『本陣殺人事件』で金田一耕介をデビュゥさせる以前ですから,むしろ『蔵の中』『鬼火』といった“耽美変格もの”のタッチに近いのでしょう。
 これが甲賀三郎,大下宇陀児の章になると,純粋な“本格もの”とはいえないまでも,刑事や警察の描写がウェイトを占めてきて,犯罪とその解明というスタンスが強調されているように思えます。まぁ,ちょうど物語の真ん中あたりなので,「すべて解明!」というわけにはもちろんいきませんが・・・。自分の担当箇所の前文で「わたしは本格探偵小説作家である」と,わざわざことわっている甲賀三郎にとっては,しょうしょう忸怩たるものがあったのではないでしょうか(笑)。
 そして夢野久作と森下雨村。夢野久作の担当箇所は,1章の大部分が“一人語り”で進められるという,いかにもこの作者らしい構成をとっていますが,内容的には夢野作品というより,小栗虫太郎を彷彿させる“国際秘境陰謀もの”といった雰囲気です。前の作家さんが撒き散らかした(笑)を謎をなんとか収束させるために苦労したんでしょうね。森下雨村は,夢野久作によって明らかにされた“真相”をもとに,物語をなんとかエンディングまで導きます。甲子園球場グランド内の自動車の中で繰り広げられる死闘という設定は,なんとも迫力があります。結末はちょっと唐突ですが,この手の作品では致し方ない部分もありましょう。

 ひとつの試みというか,企画としては“おもしろい”のでしょうから,そこらへんを加味して,(~-~) といったところでしょう。まあ,この手の連作に,作品としての善し悪しを云々するのは,野暮なのかもしれませんが・・・。

98/01/31読了

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