横溝正史『江戸の陰獣 お役者文七捕物暦』徳間文庫 2003年

 徳間文庫による復刊シリーズの第5作は,3編を収録した短編集です。縄田一男の「解説」によれば,いずれも雑誌には発表されるものの,これまで刊行されることがなく,今回初刊の「巨匠の幻の作品」とのこと。近年の,古い作品の復刊ブームは,こういった点でもありがたいことです。

「狒々と女」
 深い霧の夜,奇怪な声に導かれて,文七たちが見いだしたのは,檻の中で荒れ狂う狒々・赤染太夫と,昏々と眠るその使い手・弁天お照だった。一方,お照たちが出演する芝居小屋では,血だまりの中で,恍惚とした表情を浮かべた女の死体が発見されていた…
 いやあ,オープニングから,怪奇趣味満載,猟奇趣味てんこ盛りの「横溝ワールド」全開の作品です。おまけに,発見された赤染太夫お照との,人倫の道をはずした情交の噂と,このシリーズお得意の淫靡な雰囲気も加わって,ファンとしては,ワクワク,ゾクゾクの展開です。さらに文庫版100ページ程度という短編のせいもあるのでしょう,つぎからつぎへと事件が起こり,ストーリィ展開がじつにテンポよいものとなっています。そしてラストで,小粒ながらトリックの存在が明らかにされ,ミステリとしてピリリとエンディングを締めていると言えましょう。コンパクトにまとまった佳品です。以下ネタばれ反転>時代劇では,しばしば「御禁制のアヘン」が出てきますが,江戸時代にホントに日本にアヘンは密輸されていたのでしょうかね?(<ここまで)

「江戸の陰獣」
 人気女役者・市川鶴代の前に現れた,猫々亭独眼齋を名乗る異貌の絵師。絵のモデルを頼まれ,独眼齋の家に呼ばれた彼女は,しかし,直前に同僚の寿恵次に代わってもらう。そしてその翌朝,無惨な寿恵次の死体が発見された。かたわらに血で描かれた片目の猫の絵が残され…
 たしかに,いかにも「なんかあるぞ」的なキャラクタの設定や,途中で挿入される見え見えの伏線的描写など,少々あざとい部分はあるとはいえ,ラストで明かされる真相により,前半でのさりげないシーンが,巧妙な伏線的効果を生みだしているのは,やはりこの作者の筆慣れたところでしょう。きっちりとしたミステリ的プロットの上手さが光っています。またタイトルの「真の意味」が浮かび上がり,むごたらしい結末へとなだれ込んでいくクライマクス・シーンは圧巻です。

「恐怖の雪だるま」
 浮き名を流した美貌の独楽回し・唐草源太が,絞殺され,雪だるまの中に押し込められるという事件が発生。下手人が見つからないまま1年が経ち,ふたたび雪に覆われた江戸で,女たちの死体が同じ状況で発見される。しかも,女たちはいずれも源太殺しの容疑をかけられた者ばかりだった…
 雪だるまのある風景といえば,誰でも,ほのぼのとした気分になるところですが,その中に死体が入っているというミス・マッチが,不気味さを巧みに醸し出していると言えましょう。そういった初期設定は魅力的ですし,テンポのよい展開も楽しめるのですが,ラストの処理が,少々「あっさり風味」で,たとえこういう結末にならざるをえなかったとしても,もう少し描き込みがほしかったところです。それともう1点,ミステリ者としての不満は,ネタばれになるので,反転します>なぜ死体を雪だるまに埋め込まねばならなかったのか,が,説明されていないのではないでしょうか。とくに1年後に起こる連続殺人については,犯人側としては,むしろ源太殺しとの関連を思い起こさせない方が有利であったにもかかわらず,「あえてそうした」という理由付けがほしかったですね。たとえば犯人側の内紛があったとか…(<ここまで)

03/10/12読了

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