稲見一良『ダック・コール』ハヤカワ文庫 1994年

 仕事がいやになり旅に出た「ぼく」は,河原で不思議な男に出会う。“道楽”でその男が石に描いた鳥の絵は,稚拙ながらも,生き生きとし,鳥に対する深い愛情が感じられ,「ぼく」は強く惹かれる。鳥の絵を見ながら「ぼく」は・・・

 鳥にまつわる6編の連作集です。これらの物語を「ぼく」が見た夢と断じていいのかわかりませんが,第1話と6話が20〜30ページ,2話と5話が40ページ前後,3話と4話が100ページくらい,つまり,短→中→長→長→中→短という構成になっています。うがった見方をすると,寝付いたところの浅い眠りから,深い眠りへ,そして起きる手前の浅い眠り,という,そんな風な構成なのかも知れません。

「望遠」 
 3年がかりの記録映画の最後のショットを任された若者は,目の前に舞い降りた珍鳥,シベリヤ・オオハシシギにレンズを向けてしまう・・・
 心理描写を極力抑えたハードボイルドタッチの文章で,主人公の行動を淡々と描いていきます。そのことが逆に,若者の被写体に対する,そしてフィルムに対する深い気持ちが現れているように思えます。最後のシーンは,哀しくもまた一種のすがすがしさを感じます。
「パッセンジャー」
 山の中でサムは,大空を駆け抜けるハトの大群に遭遇する・・・
 リョコウバト絶滅のことは,以前どこかで読んだことがありますが,このようなひとつの鮮烈なワンシーンとして描かれると,単なる知識とは違う,リアルな事実として実感できます。結末は「望遠」と似たような手触りがあります。「よくやったことの報酬は,それをやったってことだけ」というセリフを思い出しました。
「密猟志願」
 これまで消極的に生きてきた男は「密猟」に強い愛着を感じ始めていた。そんなとき,ひとりの少年と出会い・・・
 ひとつひとつの行動やその描写はリアルですが,物語そのものファンタジーのような感じがします。こんな風な一瞬のファンタジーを経験できる人生というのも幸せなのかもしれません。ただ「狩りは男の本能」とか言われると,ちょっと首を傾げてしまいます。
「ホイッパーウィル」 
 保安官のアルらとともに,脱獄囚を追って山中に入ったケンがそこで見たものは・・・
 マンハントをモチーフにして,欲望や軋轢,闘争を描いた,本作品集では,一番ハードで,冒険小説的な物語です。それでもクライマックスは,そうした闘争が昇華され,美しく,それでいて深い哀しみを宿した味わい深いものになっています。なんだか『カサブランカ』のラストシーンみたいですね。
「波の枕」 
 船の火事で,大海に投げ出された源三は陸を目指すが・・・
 これもファンタジー色が強い作品です。粗暴な海の男と,可憐な少女との淡い恋を描いたラブストーリーとしても読めます。ヒマラヤのような高山と同じように,大海には,ときとして人には知られぬ「秘密」が隠されているのかもしれません。
「デコイとブンタ」 
 捨てられた,鴨猟に使われるおとりの模型=デコイが,ひとりの少年に拾われたところから・・・
 ジュヴナイル風のファンタジーです。本作品集では一番好きです。なんといってもクライマックスがいいです。少年の陥る危機とそこからの脱出劇は,伏線が効いていて盛り上がります。また最後は,思わず喝采を叫びたくなるような,映像的で,さわやかな,じつに美しいシーンだと思います。

 作者はすでに物故されているようですが,ほかの作品も出ているようなので,読んでみたくなりました。

97/05/21読了

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