角川書店編『ドッペルゲンガー奇譚集 死を招く影』角川ホラー文庫 1998年

 もうひとりの自分=ドッペルゲンガーを題材とした短編10編を収録したアンソロジィです。
 デパートなどで,上下が交差するエスカレータがありますが,それを下っているとき(あるいは上っているとき),反対側から“自分自身”がやってきたら怖いだろうな,と以前思ったことがあります。それを友人に話したところ,「反対側から,自分の恋人が,見知らぬ男と腕組んでやってきた方が,もっと怖い」と言いました(笑)。
 焦点の絞りきれていないセレクションで,ちょっと中途半端な感じのするアンソロジィです。気に入った作品についてコメントします。

阿刀田高「知らない旅」
 不倫の逢瀬に,妻がよく着る格子縞のコートを着た女の影がちらつき…
 「ドッペルゲンガー」という洋風なネーミングより「生き霊」という和名の方が似合いそうなオーソドックスな話ですが,途中のネタは見当つくものの,ラストのオチでぞくりとさせるところは,この作者の巧さでしょう。
生島治郎「誰……?」
 才能の枯れた小説家は,しだいに「もうひとりの自分」の声を聞くようになり…
 一読したとき,結末の意味がよくわかりませんでした。で,前の方を読み返しているうちに,ますますわからなくなり,その「わからなさ」がじつに不気味です。
皆川博子「桔梗合戦」
 半分に割れ焼け焦げた櫛…母の遺品に秘められた過去とは…
 時を超えた母娘の不可思議で,鬼気迫る関係を描いた作品です。母の踊りに隠された恐るべき意図。その意図を知った娘の想い。同じ踊りを踊ることで,母娘は競い合い,憎み合い,そして理解し合ったのかもしれません。「桔梗合戦」と名づけられた舞踏が表現するものと,母娘の関係がオーヴァーラップします。本作品集で一番楽しめました。
 アンソロジィ全体としては「(-o-)」なのですが,この皆川作品だけは「\(^o^)\」です。

98/12/17読了

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