桐野夏生『ジオラマ』新潮文庫 2001年

 9編を収めた短編集です。気に入った作品についてコメントします。

「デッドガール dead girl」
 昼はOL,夜は売春婦。そんな彼女の前に現れた女の正体は…
 「生者の鏡としての幽霊」という,わりとありがちなモチーフながら,ラストでの“女”の言葉がショッキングです。しかしそれ以上に,その「ショック」をも飲み込んでしまう主人公の麻痺した感覚が,絶望的なまでの虚無を感じさせます。
「六月の花嫁 june bride」
 偽装結婚したホモセクシュアルの健吾にとっての唯一の慰めは…
 ギリギリと主人公を追いつめた揚げ句に,その最後の「足場」さえも容赦なく蹴り崩す痛烈さがたまりません。皮肉で,そして残酷な物語。ひとりの男の死を契機として,死んだ男の「真実」が浮かび上がるという「井戸川さんについて」もそうですが,この作品集では「皮肉」が,ひとつ重要なモチーフとなっているように思います。
「捩れた天国 twisted heaven」
 日独ハーフのカールは,ベルリンでひとりの日本女性のガイドを引き受けるが…
 主人公と同様,この女性の意図はどうにも理解しがたいものがあります。彼女は,自分で創り上げた「物語」を生きているのでしょうか? 「ドイツ人の男に捨てられ,ドイツまで追いかけてきた哀しい女」という「物語」を・・・しかし,それでいながらカールに“真相”を明かすところに,どこか静かな狂気のようなものがにじみ出ています。
「ジオラマ diorama」
 高級アパートに暮らす銀行マン夫婦。その階下に住む女に出会ったことから…
 「時代の雰囲気」というのでしょうか? たしかに閉塞感はあるのだけれど,かといって,それは絶望感ほど深刻ではない。保身と投げやりが混在した不安定感。勤めていた銀行の倒産という想いもしなかった事態と,同じマンションでありながら,まったく異なる「世界」が存在するということが,どこか二重写しになっているように思います。
「夜の砂 night sand」
 死期を目の前にした“私”の元に夜ごと訪れるのは…
 「死」と「老人」と「性」……確実に関係が存在しながら,ほとんど注目されないこれらの関係を,幻想的かつ淫靡に描き出した作品。掌編ながら濃密な世界です。

01/11/25読了

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