井上雅彦『ディオダティ館の夜』幻冬舎文庫 1999年

 美晴沢高原へ向かう途中,交通事故を起こし,記憶喪失に陥った“彼女”の前に,夫を名乗る芹沢龍弘が現れる。彼に連れられ,霧けぶる“ディオダティ館”を訪れた“彼女”は,奇怪な儀式に参加させられる。一方,大学生・西村真紀雄は,行方不明になった恋人・後藤美砂を必死に捜し始めるが,彼女の失踪には芹沢の影がちらつき,思わぬ妨害が立ちはだかり・・・

 メアリー・シェリーが,ホラーの古典『フランケンシュタイン』を執筆するきっかけになったという,スイス・レマン湖畔にたたずむ“ディオダティ館”。その館を美晴沢高原に移築したという設定で,物語は進行します。
 記憶喪失に陥った女性主人公を取り巻く謎―“私”は誰なのか? 美亜なのか? 美砂なのか? 手元に残っていた「御守りの宝石(タリスマン)」に浮かび上がる文字の意味は? “夫”芹沢龍彦の真の意図は?―,「ディオダティの夜」と呼ばれる奇怪な儀式に隠された秘密とは? そして西村真紀雄は,美砂を救い出すことができるのか? などなど,さまざまな謎や秘密がばらまかれます。さらに,それらの謎に二重三重に怪奇的な“衣”が被せられます。ハロウィンのカボチャ(ジャック・オ・ランタン),霧の中に蠢く謎の怪人,不気味な機械人形のコレクション,そして舞台となる“ディオダティ館”自体が,その由来から濃い怪奇色に彩られています。
 ここらへんは,ホラー作品に造詣の深い,この作者の本領発揮といった感じです。また,こんな風に書くとねっとりまったりしたテイストのように思われるかもしれませんが,むしろ映画的なスピード感ある展開の作品でサクサク読んでいけます(このあたりも,この作者の持ち味ですね)。

 そして物語は,クライマックスにいたって,その真の姿を明らかにします。これまで混迷し,錯綜し,「怪奇と幻想」色に染め上げられた物語は,伝奇色を残しながらも「理」の地平に着地します。この作者の他の作品からすると,たとえ「理」に落ちるとしても,もっとフィクショナルなエンディングを予想していたのですが,少々,通俗的な感じが強いように思います。また後味のいいラストではあるのですが,そこに持っていくのにちょっと唐突な感が免れませんね。「文庫版あとがき」によれば,いわゆる「ヤングアダルト」向けの作品として書かれたようですので,こんな結末が求められるかもしれませんね(邪推?^^;;)
 それでも,主人公である“彼女”の意外な正体や,彼女が味わった「臨死体験」の謎解きなどは,それなりに楽しめました。とくに後者は,思わず笑ってしまいながらも,「なるほど」と思わせるところがありましたね。

 『異形コレクション』の大ヒットで,この作者の以前の作品が,こういう形で復刊されるのは,読者としてはうれしいですね。出版社としては「列車に乗り遅れるな!」ということなんでしょうが(笑)。

98/06/30読了

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