カート・ヴォネガット『デッドアイ・ディック』ハヤカワ文庫 1998年

 中性子爆弾により,人影絶えたアメリカの田舎町“ミッドランド・シティ”。“わたし”ルディ・ウォールツは,その町で生まれ,その町で育った。12歳にしてはからずも“殺人者”となり,“デッドアイ・ディック”と呼ばれるまで・・・そして呼ばれながら・・・

 この作品では,「生まれる」ことを「のぞき穴が開く」「死ぬ」ことを「のぞき穴が閉じる」と表現しています。この表現は,もしかすると,この作者の別の作品でも用いられていたかもしれませんが,この表現に,この作品の持つ雰囲気がよく現れているように思います。
 「人生」とは,そんな「のぞき穴」から「世界」を見るようなものなのかもしれません。結局,人は「世界」のすべてを見ることはかないません。目の前にあいた「のぞき穴」から,「世界」の一部を,ほんのわずか垣間見るにすぎないのでしょう。そして,それぞれの「のぞき穴」から見る「世界」は,人によって千差万別なのでしょう。

 しかし困ったことに「人生」には,「のぞき穴」からは見えないところから,災難が飛び込んでくることがしばしばあります。
 たとえば主人公は,何の気なしに撃った銃弾で,女性を殺してしまいます。そのため彼と彼の両親は無一文となり,生活は破滅します。彼もまた「デッドアイ・ディック」と呼ばれ,町中の人々から冷たい目で見られます。彼の「のぞき穴」から出て,その外側に飛んでいった銃弾は,彼の「のぞき穴」を根底から崩してしまいます。
 また彼の母親は,放射能を帯びたセメントでつくられたマントルピースの傍らで生活していたことから,被爆して死亡してしまいます。彼女の「のぞき穴」とはまったく関係のないところから,もちこまれた放射能のために死んでしまいます。
 そしてきわめつけは,ミッドランド・シティを壊滅させた中性子爆弾でしょう。町の人々の「のぞき穴」とは,まったく関係のないところで破裂した爆弾のため,町の人々の「のぞき穴」はすべて閉じられます。

 そんな「のぞき穴」の外側で起こりながら,「のぞき穴」から見える「人生」を滅茶苦茶にしたり,破滅させたりすることは,よくあることなのでしょう。だからこそ,本書の冒頭には,こんな言葉が掲げられているのでしょう。

「人生にご用心を」

 そして,自分の「のぞき穴」では見えないところから舞い込んだ災難―それもすぐれて現代的な災難―に見舞われた人々の姿を描いた後,作者は,こんな言葉で物語を締めます。

「ご存じですか? わたしたちはまだ暗黒時代に生きている。暗黒時代―それはまだ終わっていない」

99/02/07読了

go back to "Novel's Room"