平石貴樹『だれもがポオを愛していた』創元推理文庫 1997年

 E・A・ポオ終焉の土地ボルティモア,その郊外にたたずむアシヤ家。その邸宅がダイナマイトにより爆破され,沼へと沈んでいく。さながら『アッシャー家の崩壊』のように・・・。そして続いて起こる第二,第三の殺人。さながらポオの作品を見立てたような異様な連続殺人に,捜査陣は困惑する。犯人の目的は,アシヤ家に所蔵されていたポオの手紙なのか? たまたま日本から来ていた更科丹希(ニッキ・サラシーナ)が明かした真相は・・・。

 良くも悪くもパズル小説,という感じですね。解説を書いている有栖川有栖の好きそうな世界です。アッシャー家のごとく沼に沈むアシヤ家(ダイナマイトで吹っ飛ばすというのが,なんとも派手です),ポオの詩編のタイトル「ユーラルーム」という,不可解なダイイング・メッセージ,そして『ベレニス』や『黒猫』を模した猟奇的な見立て殺人,とまあ,道具立ては「いかにも」という感じの大仰さです。しかし,それでいて,読んでいてあまりおどろおどろしさを感じず,むしろ淡々とした(ときとして単調な)印象が強いのは,本書が英文で書かれた『They all loved you, Mr.Poe』を翻訳したという体裁によるせいもありますが(ユーモア感のある翻訳調の文章がなかなか味わいがあります),それとともに,探偵役・ニッキの着眼点が,そういった舞台の“大道具”ではなく,細かな,些細ともいえるような“小道具”であるせいかもしれません(ニッキの着眼点は,つまり伏線にもなっているわけですので,当然その描写にさりげなくウェートが置かれますから)。死体を入れるための棺はどのような経路で外に運び出されたのか? なぜ車や棺の指紋はきれいに拭い去られていたのか? 小屋のドアをこじ開けているのに,なぜ窓ガラスを割っているのか? などなど・・・,ニッキは,派手な舞台設定の影に隠れそうな小さな矛盾点,不自然な点を丁寧に拾い上げ,それらを合理的に説明するための推理を組み立てていきます。そのプロセスは,A=B,B=C,∴A=Cみたいな,どこか数式を思わせるような明晰さと小気味よさがあります。伏線もきっちり引かれていますし。まあ,多少くどい部分もありますが(笑)。

 だからパズルとして読めば,けっこう楽しめる作品だと思います。ただ主人公・ニッキに,いまいち感情移入ができなかったんですよね,個人的に。どうも具体的にイメージしにくいというか,存在感がないというか,ひとりのキャラクタとしてのニッキが,よく見えてこない,単に明晰な頭脳を持っているだけ,そんな風に思えてしまうのです(読み込みが足らん,といわれてしまえば,それまでですが)。書き手であるマクドナルド警部補は,彼女の明晰さを「宝石」にたとえていますが,宝石の美しさは,やはり冷たさ,無機質さに通じる部分があるのでしょう。

 ところで,外国を舞台にしたミステリや翻訳ミステリは,登場人物の名前が覚えられないという不満(?)があるせいでしょうか,この作品に出てくるアメリカ人が,「ケロッグ」だの「ナビスコ」だの「マクドナルド」だの,日本人にも馴染み深い名前になっているのは,作者のサービスでしょうか(笑)。登場人物の名前が凝っていて,いろいろなパロディになっています。とくにホモ関係にある「ロン」と「ヤース」には笑ってしまいました。

97/09/14読了

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