小酒井不木『大雷雨夜の殺人』春陽文庫 1995年

 本文庫の,戦前の探偵作家を集めたシリーズ「探偵CLUB」中の1冊です。この作家さんの作品は,これまでアンソロジィなどで何編か読んだことがありますが,まとめて読むのははじめてです。山前謙の「解説」によれば,日本ミステリ草創期に多大な貢献をするも,わずか38歳で夭折したとのこと。有名な方ですので,ちょっと意外でした。
 9編を収録しています。気に入った作品についてコメントします。

「大雷雨夜の殺人」
 名古屋が豪雨に襲われた晩,ひとりの男の絞殺死体が発見された…
 豪雨の中で発見された死体,目撃された道化服の男,被害者は外地帰り,おまけに記憶喪失だった…と,とにかく次から次へとミステリアスなシチュエーションが提示され,サクサクとストーリィを展開させていきます。今の目からすると,多少「2時間サスペンス・ドラマ」的なところもあるものの,手がかりが数珠つなぎになってストーリィが進行するテンポの良さが,本編の最大の魅力でしょう。ところで舞台は名古屋,「やっとかめ探偵団」犀川先生の「大先輩」がいたんですね(笑)
「愚人の毒」
 1日おきに発作を繰り返していた老女。その死の真相は…
 作品の初期設定から,ストーリィの進む方向というのは,ある程度見当がつくものの,そこにいたるまでの検事の推理のプロセスが,本格ミステリの「解決編」を読むようで心地よいです。またその上での見事なツイスト。読み返してみて「たしかに,なるほど」と納得しました。本集中,一番楽しめた作品です。
「メデューサの首」
 温泉宿で遊び暮らす“私”たちは,ある老紳士から奇妙な話を聞き…
 サイコ・サスペンス風の「病院綺譚」といったテイストの作品。綿々とつづられる女の,ナルシズムの極みとも言える妄想に鬼気迫るものがあります。また女が死の間際に言い残した言葉が,ラストで「すうっ」と肌寒さを醸し出します。
「人工心臓」
 博士が人工心臓の研究をあっさりと辞めた理由は…
 ミステリというより,マッド・サイエンティストもの風のSFホラーといった感じの作品です。前半,ややくどい感じがしますが,それが積み重ねられることによって,博士が徐々に「あっち側」に足を踏み入れていく様が浮かび上がってきます。アイロニカルなラストは,博士の歪んだ論理の必然的な終着地なのでしょう。
「烏を飼う女」
 “わたし”が殺人の罪を告白するのは,「烏を飼う女」と同棲したからなのだ…
 罪の告白と「烏を飼う女」とがどのように結びつくのか,という,じつに魅力的なオープニングです。女の奇怪な寝言,その寝言に「答える」烏と,不気味な雰囲気で,ぐいぐいとストーリィを引っ張っていきます。で,サイコ風な展開かと思わせておいてのツイストも心憎いです。
「抱きつく瀕死者」
 夜の銀座,新聞記者・春木に抱きついてきた男は,毒を飲まされていた…
 「大雷雨夜・・・」と同様,テンポのよい作品です。で,そのテンポの良さがミスディレクションになっていて,ラストで思わぬ展開へと結びついていくところは巧いですね。それにしてもこの時代,刑事と新聞記者は仲が良かったんだ(笑)

01/09/12読了

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