田中光二『大放浪』徳間文庫 1980年

 この感想文は,作品の内容に深く触れているため,未読で先入観を持ちたくない方にとっては不適切な内容になっています。ご注意ください。

 「予言者が,ある男に言った。「あなたは明日,死ぬ」。男はせせら笑って信用しなかったが,予言は的中した。予言者が男を殺したから……」(とあるブラック・ジョーク)

 恋人と南太平洋でのヴァカンスを終えて,サンフランシスコに帰った“ぼく”ツトムが見たものは,疫病で壊滅した廃墟だった。そして疫病は全世界へと蔓延しはじめていた。謎の大富豪R・Rに選ばれた“ぼく”は,人類を救うための“ノアの箱船計画”に参加,巨大飛行船“タイタンII”に乗って旅立つが……

 本編は,いわゆる「破滅テーマSF」です。このテーマのSFは,現代の人類社会が抱え込む問題や危機を,グロテスクな形で描き出します。それは,核戦争であったり,環境破壊であったり,バイオ・ハザードであったりします。本編における破滅の原因は,ひとりの男−大富豪R・R−の狂気です。莫大な富と力を持った男に取り憑いた狂気が,人類を滅亡の淵に追いやります。
 わたしたちは,この男の「狂気」が「絵空事」ではないことを知っています。狂信者が,みずからの「予言成就」のために,大量殺戮をいとわない危険性を,現実的な恐怖として知ってしまっています。冒頭に掲げたブラック・ジョークが,ジョークではない「世界」に,わたしたちは生きているわけです。「破滅テーマSF」が人間の「不安」を描いているとするならば,四半世紀前に発表された本編は,「未来」である現代の不安を予見している点で,まさにSFであると言えましょう。

 さてこの物語は,破滅寸前の世界を,主人公“ぼく”ツトム・カナコア・ホクスワースの目を通じて描いていきます。その際,作者は主人公の「視点」を「陸・空・海」の3つに移動させていきます。そしてそれは主人公の「立場」の違いに対応しています。「第一部 災厄の都市」は「陸編」です。それとともに,荒廃した大都市,暴徒と化した住民,恋人の死を描くことで,主人公を,災厄に直面した一個人として設定しています。 続く「第二部 空かける箱船」は,「空」からの視点です。R・Rによって「選ばれた」主人公は,他のエリートたちとともに,巨大飛行船“タイタンII”で世界をめぐります。「第一部」で下から見上げた「廃墟の都市」は,ここでは見下ろされます。そしてそれは主人公の「エリート」としての立場を象徴しているといえましょう。同時に,本章では「ノアの箱船計画」が持つ“いかがわしさ”“偽善性”が,少しずつ明らかにされていき,ストーリィにサスペンスを与えています。
 ラスト「第三章 追跡者たち」の舞台は「海」。R・Rの陰謀を知った主人公は,アメリカの原子力潜水艦に同乗し,“タイタンII”を追います。ソ連潜水艦との遭遇,上陸した八丈島で目撃するジェノサイドの爪痕と火山噴火によるパニック,さらに“タイタンII”への襲撃計画と,最終章にふさわしい,スリルたっぷりにストーリィになっています。
 つまり「大放浪」というタイトルが示しているように,主人公を「陸・空・海」と移動させ,「世界の破滅」の有様を多視点的に描き出すとともに,一個人→エリート→追跡者と立場を変化させることで,破滅の裏に隠された「真相」へたどり着いていくというストーリィをテンポよく展開させているといえましょう。

02/01/14読了

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