スティーヴン・キング『第四解剖室』新潮文庫 2004年

 “Everything's Eventual”という短編集から,前半6編を収録しています。後半7編は『幸福の25セント硬貨』として,同文庫から同時発売されています。
 なお本編(『幸福の…』を含む)には,作者による「序文」と,各編に対するコメントが付されています。

「第四解剖室」
 意識があるにもかかわらず,死体として扱われた“私”は,解剖室に運ばれ…
 ホラー作品の古典的モチーフのひとつに「生きながらの埋葬」というのがありますが,その現代ヴァージョン「生きながらの解剖」です。文字通り「生きるか死ぬか」の瀬戸際にある主人公の恐怖と,その周囲で繰り広げられる猥雑な日常−医師にとって解剖なんて日常そのものでしょうね−とのコントラストが,緊張感を高めるの効果を発揮しています。下世話なラストには思わず苦笑してしまいます。
「黒いスーツの男」
 年老いた“わたし”は思い出す…9歳とのときに遭った黒いスーツの男を…
 なにゆえに,悪魔が主人公の前に現れ,そして襲いかかるのかは,皆目わかりません。ただ主人公の,ハチに刺されて死んだ兄に対する想い−「生まれたときから兄のために用意されていた恐ろしい罠,なぜかわたしが逃れた罠」−と重ね合わせると,“悪魔”とは,不条理な,そして暴力的な「世界」の代替物なのではないかとも思えてしまうのです。
「愛するものはぜんぶさらいとられる」
 自殺を決意した男の唯一の気がかりは,1冊のノートだった…
 死後の自分に対する評価を気にかけるということは,一方で,生への執着が残っていることなのかもしれません。そんな主人公の心の揺れ動きを,「便所の落書きを集めたノート・ブック」という,端から見たら「つまらないもの」の処理に悩む姿を通して描いています。いや,「つまらないもの」だからこそ,より鮮明に主人公の迷いが浮き彫りにされるのでしょう。
「ジャック・ハミルトンの死」
 “おれ”とジョニーとジャックは,警察との銃撃戦から,うまうまととんずらしたが…
 ピカレスク・ロマンというには,痛快感はありませんが,ギャングの逃亡劇,そして仲間の死というヘヴィなシチュエーションにもかかわらず,語り手の軽妙さと相まって,どこか「泣き笑い」を誘うような作品です。哀しみの中にも,3人の固い友情が爽快感を醸し出しています。けっこう映画向きかもしれません。
「死の部屋にて」
 男は,某国情報省の地下室−“死の部屋”へと連行された…
 樹木というのは,剪定の仕方によって,さまざまな形になるのでしょう(ちょうど原作『シャイニング』に登場する“木の動物”たちのように)。通俗スパイ小説に出てくるような「拷問部屋」での活劇なのですが,主人公を取り巻く背景を曖昧にしながら(それでいて「小出し」にしつつ),登場人物たちについて,この作者お得意の固有名詞を多用したトリヴィアルな描写を積み重ねることで,つまりはこの作者独特の「剪定」によって「異形のサスペンス短編」に仕立てています。
「エルーリアの修道女 <暗黒の塔>外伝」
 “緑の民”に襲われ気を失ったローランドは,目を覚ましたとき,奇怪な修道院にいた…
 こういった異世界ファンタジィであっても,古典的でオーソドクスなヴァンパイヤを挿入するところが,この作者らしいと言えばらしいところですね。しかしその一方で「医師虫」なる不気味なモンスタ(?)をも登場させた点が,ユニークと言えましょう。作中では「こおろぎ」と描写されていましたが,イメージとしては,むしろゴキブリですね(笑)

04/06/06読了

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