大瀧啓裕編『クトゥルー 12』青心社 2002年

 「しかしこれがわたしたちの知識を超越したもので,おそらく人類よりも古いものであることを,わたしたちは認めなければならないね」(本書「湖底の恐怖」より)

 「暗黒神話大系シリーズ」と冠されたクトゥルフ神話アンソロジィの第12集。以前,1・2冊読んだ記憶がありますが,今わたしの住む街では青心社の本などめったに見かけませんので,じつにひさしぶりの購入。8編を収録しています。
 ところで本集,各作品の書誌情報がまったく掲載されていませんね。アンソロジィ作りの作法としては,ちと首を傾げてしまいます。
(蛇の足:最近定着しつつある「クトゥルー」という表記ではなく,わたしが「クトゥルフ」にこだわるのは,単なる「好み」の問題ですので,あまり突っ込まないでください(笑) 「クトゥルー」だと,音がシャープすぎて,いまひとつピンと来ないんですよね。あ,もちろん作品のタイトルはその表記に従いますよ)

D・R・スミス「アルハザードの発狂」
 呪われた詩人アルハザードが書き残した『ネクロノミコン』…その最終章に書かれていたのは…
 クトゥルフ神話には,さまざまなアイテムが共有されていますが,『ネクロノミコン』ほどポピュラなものはないでしょう。その「最終章」のダイジェスト版という体裁の作品。大仰な文章のわりに「彼のもの」が弱いような気がします(笑)
C・A・スミス「サタムプラ・ゼイロスの物語」
 一攫千金を夢見て,忍び込んだ廃墟で“吾”たちが見たものは…
 この作品も文体そのものは大げさなのですが,要するにこすっからい墓泥棒のコンビのお話(笑) しかしこの作品の魅力は,やはりモンスタの造形でしょうね。大きな鉢の中,真っ黒なタール状の液体の中から現れるシーンは,映像的にグッド。クライマクスの緊迫感もいいですね。
H・P・ラヴクラフト「ヒュプノス」
 友人とともに人間が触れてはならない領域に入った“私”たちを待ち受けていた結末とは…
 さて御大です。恐怖の対象そのものではなく,それに触れた人間の恐怖を描くことで,読者の想像力を刺激するというのは,この作者のもっとも得意とする手法ですが,この作品はちと抽象度が高すぎるところがありますね。けれども友人を襲った恐るべき,そしてアイロニカルな結末は,なかなか楽しめました。
オーガスト・ダーレス「イタカ」
 雪の夜,不可解な失踪を遂げた男の行方を追う警官がたどり着いた真相とは…
 雪上で途切れる足跡というオープニングと,土地に伝わる奇怪な伝説・儀式とを絡めながらの展開は,ミステリアスな効果を高めています。人に死をもたらす“雪”が,恐怖の対象であるとともに,どこか人に快楽を与えているようなところもあるという二重性が,「邪神」の,人智を越えた不可思議さを強調しているように思えます。
ロバート・ブロック「首切り入江の恐怖」
 50年前の沈没船から,財宝を引き上げようとした“私”たちは…
 禁断のものに,世俗の欲望で触れようとして災難を被るという「神話」の短編のフォーマットを踏襲していますが,キャラ造形の巧みさと,それゆえのストーリィ運びのスムーズさは,やはりこの作者ならではのものでしょう。主人公の鬱屈した思いと,モンスタの「飢え」がシンクロし,破滅へと転がっていくところもうまいですね。
ダーレス&スコラー「湖底の恐怖」
 浚渫中の湖底から引き上げられた“化石”。それが惨劇のはじまりだった…
 ラヴクラフト原理主義者としては(笑),「クトゥルフ神話」と呼ぶのはためらわれるのですが(をいをい),それはそれとして,こういったB級ホラー映画的な「ノリ」は嫌いではありません。“化石”の変質シーンや,繰り返される殺人,そして湖畔での大虐殺…映像化したら完全にスプラッタですね^^;;
ダーレス&スコラー「モスケンの大渦巻き」
 不吉な噂のある島から帰ってきた友人は,まったく人が変わったようになっており…
 同じ作者だけあって,ベースとなっている設定,ストーリィ展開は,「湖底の恐怖」とよく似たところがありますが,ユニークなのは,どこか吸血鬼を彷彿とさせるモンスタの造形でしょう。
ゼリア・ビショップ「墳丘の怪」
 その墳丘を掘りかえす者を待っているのは,失踪と狂気,そして死のみ…
 遺跡をめぐる奇怪な事件の続発という,怪奇小説ではオーソドクスなオープニングで,そこらへんお約束とはいえ「ワクワク」するところがあるのですが,そののちは,墳丘から発見された古文書を中心としたダーク・ファンタジィというか,SFというか,本アンソロジィでは,やや趣の異なる作品となっています。もっぱら「外側」からの視点が多い中,いわば「内側」から描いたような内容と言えましょう。ただ古文書の執筆者を,16世紀の人間に設定することで,グロテスクな「世界」の描写を,「暗示」や「ほのめかし」に留めているところは,「神話」の基本を踏襲しているのでしょう。

02/09/22読了

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