都筑道夫『ちみどろ砂絵』光文社文庫 1997年

 「帯」によれば,「なめくじ長屋シリーズ」の第1作だそうです。長いこと,このシリーズの第1作は『からくり砂絵』と勘違いしてました。なぜだろう? それはともかく,初版は1969年,30年近く前なんです。しかし,とてもとてもそんな前の作品とは思えぬほどの新鮮さです。そして「奇妙な謎とその論理的解決」に徹した仕上がりに,つくづくこの作者の「凄さ」を感じました。

「よろいの渡し」
 小さな川の渡し,3人の眼が見つめる最中,渡る途中の船からひとりの男が忽然と消えた…
 衆人環視下での人間消失の謎です。当たり前と思えるような描写がきちんと伏線になっているあたり,この作者らしい,小技の効いた作品です。
「ろくろっ首」
 雪の中に横たわる晴着をまとった死体。その死体には首がなかった。数日後,大道芸人の手元に男の生首が投げ込まれ…
 なぜ首を切ったのか,そしてなぜ首は出てきたのか,猟奇的な事件の謎解きは,やはりこの作者らしいオチのように思えます。「合理の果ての不合理」は,この作者の十八番ですね。
「春暁八幡鐘」
 なめくじ長屋の住人・アラクマのもとに来た奇妙な依頼は,使い古した風呂桶を盗んでくれ,というものだった…
 なぜ風呂桶を盗むか,は途中でだいたい見当がつきます。その背後にある動機は,時代を先取りしたような,しょうしょうおぞましいものです。それにしてもセンセーもけっこう過激な発言しますねえ。
「三番倉」
 大店の倉で,雇い人同士が殺し合い! ところが,閉じこめられたはずの犯人は煙のように消えてしまった…
 密室での人間消失の謎です。トリックそのものはオーソドックスですが,インパクトのある導入部,とだけ思って読んでいたら…。作者の物語つくりのうまさというか,文章技巧のうまさが光っている作品だと思います。
「本所七不思議」
 本所の川縁に,全裸の男の死体を載せた船が漂う。男の首に巻かれた縄の先には子狸の死体が結びつけられ…
 一種の見立て殺人です。砂絵のセンセーが渋い役回りで,ハードボイルドの雰囲気さえ漂っています。
「いのしし屋敷」
 貧乏旗本が経営する賭博場で百両の借金を作ってしまった若旦那。カタにとられた愛妾を救ってくれと依頼されたセンセーは…
 ちょっと趣向が変わった作品です。センセーがなかなかの大活躍です。またセンセーが,鋭い観察眼で謎解きしていくプロセスは小気味よいです。
「心中不忍池」
 岡っ引きの房吉が出合茶屋で心中? おまけに相方の女が老婆に変わっていた…
 ううむ,ちょっと凝りすぎかな,という感じがしないでもありません。それとも単にわたしのおつむが悪いだけなのでしょうか? 

97/06/20読了

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