井上雅彦編『チャイルド 異形コレクションVII』廣済堂文庫 1998年

 「異形コレクション」の第7弾は「子ども」を素材としたホラー集です。
 「子ども」はどのようにして「大人」になるのでしょうか? 「子ども」の部分部分が「大人」に置き換えられ,あるいは変質して「大人」になるのでしょうか? それとも「子ども」の周囲に「大人」という外皮を幾重にも纏うことで「大人」になるのでしょうか? 前者であれば,「大人」にとって「子ども」とは,かつて持ってはいたけれど,いまや失われてしまったものから構成される,まったく異質なものなのかもしれません。また後者であれば,「子ども」は「大人」の奥底に深く秘められた存在であり,ときとして外皮を食い破って表面に出てくるかもしれないものなのでしょう。
 いずれにしろ「大人」にとって「子ども」は,既知であるとともに未知,持っているのに秘められたものと言えるのかもしれません。未知にして秘められたもの,それは立派にホラーの題材となる存在と言えましょう。
 気に入った作品についてコメントします。

山口タオ「マリオのいる教室」
 病弱で自閉症の真理生が死んだ。両親のたっての願いを聞いた女性教師は…
 「子ども怪談」であるとともに「人形怪談」,ホラー的な雰囲気に満ちながら,それでいてハートウォームなテイスト。死者との交流は必ずしも恐怖だけを導き出すものではないようです。
萩尾望都「帰ってくる子」
 死んだ弟・ユウは,いまでも家に帰ってくる。そんな弟に対して兄・ヒデは苛立ち…
 本集唯一のマンガです。この作者の新作を読むのはじつに久しぶりのように思います。少年の視線を中心にしながらも,母親や父親への周到な目配りが,物語に深みを与えているように思います。またラストで明かされる“真相”,よくよく読み返してみると,「なるほど」と納得できます。
岡本賢一「サトル」
 妻の腫れ上がった足から生まれたのは昆虫のような子どもだった…
 イメージ的にはひどくグロテスクなのですが,“幼児”の健気さと,エンディングの反転のため,叙情性の豊かな作品に仕上がっています。
森奈津子「一郎と一馬」
 「おかあさんのしゃしんはない」そういうお父さんはとてもかなしそうでした…
 一郎という少年が,自分の父親について書いた日記や作文から成る作品です。なんとも奇妙な雰囲気をたたえた作品で,理由も原因もまったく説明されない,不気味でありながらファンタジックなテイストがいいです。本集中,一番楽しめました。
斎藤肇「臨」
 王妃が「国」を生むという。知の導師トークムゥはその務めを果たそうとするが…
 この世が出現する前の「神話」の時代を描いたような作品です。「知=秩序」の魔法が効いていない世界,それはもしかすると現代そのものなのかもしれません。
高瀬美穂「夢の果実」
 オチの里では,子どもを畑に埋めると子どもの樹が育ち,20人の子どもが穫れるという…
 民話風の作品です。この世ならぬ世界を描きながら,土中で夢見る少女の夢が甘くせつなく,もの悲しいものがあります。そしてラストの一文に薄ら寒いものが感じられます。
久美沙織「魔王さまのこどもになってあげる」
 魔王は思った。「わたしは自分の子どもがほしい」と…
 不思議な手触りの作品です。「神」(とおぼしきもの)と「魔王」との会話。その間に挟み込まれる「性と死」をモチーフにした,やりきれないエピソード。不死である(それゆえに「生きていない」)魔王が,子どもを得ることにより「死すべき存在」になるということ,それがなにを意味するのかいまひとつ理解できませんでしたが,一種独特の迫力,凄みのようなものが感じられる作品でした。
菊地秀行「去り行く君に」
 ある日,若者たちは17歳で死ぬことが運命づけられた…
 突然不条理な状況に投げ込まれた若者たちの暴走と,それに対する大人たちの姿を描いてます。その大人の仮面が剥ぎ落ちるラストはショッキングです。

98/10/23読了

go back to "Novel's Room"