黒川博行『文福茶釜』文春文庫 2002年

 「美術品てなもんは,所詮は金ですわ。値段が上がった下がったで,持ち主は一喜一憂する。ただ好きなだけで,何百万,何千万とする絵を買う人間はいてません」(本書「山居静観」より)

 骨董品をめぐるピカレスク連作集。この作者お得意の関西を舞台にして,骨董品を取り巻く,欲の皮の突っ張った連中を,ユーモアたっぷりに描いています。

「山居静観」
 企業のウラ金作りのために,山水画を一幅あずかった佐保は,それで一儲けを思いつくが…
 一口に「古美術」といい「骨董」と言いますが,それにどのようにアプローチするかによって,作品のテイストは大きく変わります。連作短編のオープニングを飾る本編では,その冒頭において,雑誌『アートワース』の社員佐保と,ひとりのマイナーな画家との商談を描くことで,じつに鮮やかに本シリーズの「色」を浮かび上がらせています。それが上に引用した佐保のセリフに結晶されています。このあたりの手さばきは,なんとも巧いですね。また,ストーリィ展開そのものは,本集中では比較的シンプルなものですが,それをめぐる佐保たちの右往左往ぶりがコミカルで,これまたシリーズの持ち味となっていますね。
「宗林寂秋」
 表具師の牧野は,つきあいのあった社長の息子から,父親のコレクションの鑑定を依頼されるが…
 まずなんといっても,本編で描かれている,とある「贋作の手法」が,「なるほど,こういった手もあったのか!」と感じさせる,人間の盲点をついたトリッキィなものであることに感心しました。それからもうひとつは,贋作とわかっていて素人に売るのは詐欺だけど,同業者に売るのは「買ったものの目利きがなかった」「騙される方が悪い」という,骨董業界独特の「倫理」が,すごかったですね。まさに「生き馬の目を抜く」という俗諺を「地」で行くようなスリリングな世界。だからこそ,そこに麻薬的な魅力を感じる人もいるのでしょう(自分には真似できんなぁ(笑))。
「永遠縹渺」
 高名な彫刻家の幻の作品,その石膏の原型像を発見したギャラリーの社長は…
 一攫千金をもたらしくれる石膏像をめぐっての「狐と狸の化かし合い」が楽しいですね。こうなると,もう「商売」というより,一種の「コン・ゲーム」といった感じが強いです。人間の心理を上手に利用した「仕掛け」と,ラストでの,伏線の効いた「真相」の暴露が痛快です。プロットとしては,本集中,一番,練れている作品といえましょう。
「文福茶釜」
 佐保は,旧家の当主から,“初出し屋”に騙されて奪われた茶釜を取り戻してくれと頼まれるが…
 「こりゃ,完全に詐欺だよ! 窃盗だよ!」と,思わずのけぞってしまう“初出し屋”の手口です。それと冒頭で描かれるマンガ作品の「骨董的価値」。マンガもそんな時代なのか,と驚きつつも,それと「茶釜奪回作戦(?)」との結びつきが,少々ストレートすぎて,お話作りとしては,ややフラットな感じがありますね。
「色絵祥瑞」
 ある宗教法人が持っているコレクションの「内実」を調査するよう依頼された佐保は…
 つまるところ骨董品というのはステータス・シンボルなんでしょうね。それも単に「高いものを持っている」という経済力の誇示だけではなく,「いいものを持っている」という,自分の「感性」やら「目」をもあわせて自慢したいという側面もあるのでしょう(単に経済力を示したいんなら,札束なり金塊なりを床の間に飾ればいいんですから(笑))。しかしそこには「いいものは高い」と「高いものはいい」という,一見「逆もまた真なり」のように見えるトリックが入り込んできて,その隙間をつくように贋作が滑り込むのでしょう。「高いもの」を買って「いいもの」を買った気になっている…そんな心持ちを,けっして嗤うことはできないのかもしれません。

02/05/21読了

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