C・C・ベニスン『バッキンガム宮殿の殺人』ハヤカワ文庫 1998年

 バッキンガム宮殿でエリザベス女王がつまづいたのは,なんと男の死体だった! 宮殿のメイド,“わたし”ジェイン・ビーは,噂される自殺説にどうしても納得がいかない。単独で調べはじめようとしたおり,彼女は事件の調査を命じられる。命じたのはエリザベス女王その人だった・・・

 ミステリにおいて「謎」は必要不可欠なものですが,その謎が魅力的であれば魅力的であるほど,(少なくとも導入部においては)物語としての魅力も大きくなるでしょう。
 その「魅力的な謎」のうちひとつは,なんといっても「不可解性」―人の出入りできない密室状況下での殺人や,最重要容疑者の鉄壁のアリバイなど―がまず挙げられるでしょうが,もうひとつ,その「謎」が発生した「場」「シチュエーション」のユニークさ,というのもあるのではないかと思います(それは,探偵役のキャラクタ設定の特殊性なども含まれます)。それはときとして,「素材主義」などといった批判が一方ではあるものの,現代ミステリのひとつの大きな流れを形成していることもまた事実だと思います。

 で,本書の舞台はイギリス王室公邸バッキンガム宮殿,おまけに探偵役が,主人公ジェイン・ビーとともに,エリザベス女王二世! 歴史上の有名な人物―織田信長聖徳太子など―が探偵役をつとめるミステリはありますが,現代の実在する国家元首が探偵役のミステリというのは,まずないのではないでしょうか? 少なくとも日本で昭和天皇平成天皇(今上天皇?)が探偵役のミステリというのは聞いたことがありません(もしあったらご一報ください)。そういった意味で,まさに本書のユニークさはとびきりのものと言えましょう。

 さて物語は,バッキンガム宮殿で起きた殺人事件をめぐって,メイドのジェイン・ビーが女王の命を受けて調査するという,オーソドックスな展開ではありますが,途中途中に,宮殿内での生活のエピソードや,上流階級のスキャンダルなどなどが挿入され,テンポよく進行していきます。さらにイギリスのある歴史上の有名な事件が絡んできて,楽しませてくれますし,「これは,ぜったいなにかあるな?」と思わせるシーンが,現在のイギリスが抱える社会問題とリンクしていくところも,お話作りとして巧いと言えましょう。
 明朗活発なジェインのキャラクタも,物語に明るい雰囲気を与えています。また主人公が,異邦人であるカナダ人として設定されているため,伝統的なイギリス社会が,アイロニカルな,それでいてバランス感覚をもったユーモアでもって描き出されているところもいいですね。
 トータルとして,サクサク読める楽しい作品に仕上がっています。

 ところでこの作家さんはカナダ人,そして本書は「カナダ推理作家協会賞」を受賞した作品なのですが,なんでイギリス,それも王室が舞台なのかな? と思っていたら,作者自身,「英国王室フリーク」だそうですが,それとともに,カナダの国家元首は(名目だけでしょうが)エリザベス女王なんですね。

98/06/14読了

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