有栖川有栖『ブラジル蝶の謎』講談社ノベルズ 1996年

 この作者は,とにかく本格ミステリが大好きで,じつに誠実に本格ミステリを書いておられるんだろうな,と思います。いわゆる“新本格派”としてデビュウした作家さんたちが,さまざまな分野にその執筆活動を広げているのに対して,この作者は,“本格一本”“本格命”というイメージが強いです。
 この短編集も,そんな作者の持ち味が十分出ているようで,そういった点では楽しめたのですが,もう少し「ケレン味」がほしいというか,「どきどきわくわく」したいというか・・・。まぁ,短編ですから,そうそう大がかりなトリックも使えないのでしょうし,個人的な趣味といってしまえばそれまでですが。

「ブラジル蝶の謎」
 兄の病死後,19年ぶりに実家に戻ってきた弟が殺された。現場にはコレクションの蝶が天井に張りつけられ・・・。
 火村の推理のきっかけが納得いきました。たしかにそうでしょうね。某ミステリ作家が某作品で味わった“苦労”を逆手に取ってますね(笑)。
「妄想日記」
 数年前の事故で妻子を失い,精神に障害を負った男が焼死体で発見された。事故? 自殺? それとも殺人?
 以前,分裂病に関する本を読んだときに,同じような「新作文字」を見たことがあります。これもひとつの「創作行為」なのだと思い,「創作」がもつ魔的な側面に触れたようで,ちょっとぞっとしたことがあります。でも,わざわざ焼く必要があったのかなぁ?
「彼女か彼か」
 女装趣味の男が殺された。が,容疑者にはアリバイがあり・・・。
 世の中には,本当にきれいな“おかまさん”がいます。学生時代によく行っていた洋酒飲み屋で,じつに美人のお姉さんを見かけ,彼女が帰ったあと,マスタから「男だよ」と教えられ,仰天したことがあります。これは途中でネタが見当ついてしまいました。
「鍵」
 殺された男のかたわらには,小さな鍵が落ちていた・・・。
 火村がむかし関わった事件を,アリスに聞かせるという趣向です。ミステリというより,小咄みたいな感じですね。「身体検査」には「なるほど」と思いました。
「人喰いの滝」
 自殺者が多いことで有名な“人喰いの滝”。その上流で,男が墜死した。足跡はまるで宙を歩くかのように整然としていて・・・。
 初出は,立風書房の『奇想の復活』で,読んだはずなのですが,この作品についてはぜんぜん記憶にありませんでした。やっぱり印象が薄かったのかなぁ・・・。前半部の描写が長いわりに,火村の推理のプロセスがどうも不鮮明な感じがしないでもありません。
「蝶々がはばたく」
 35年前,民宿から姿を消した男女。周囲に足跡はなく・・・。
 冒頭「火村とアリスが北陸に蟹を食べに行く」って,この作者もついにトラベル・ミステリに手を出したのか? と,いぶかってしまいましたが(笑),設定そのものが“仕掛け”になっているところが心憎いですね。本作品集では一番楽しめました。

98/02/06読了

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