真保裕一『防壁』講談社文庫 2000年

 政府要人を警護するSP(セキュリティ・ポリス),海上保安庁特殊救難隊の潜水士,陸上自衛隊不発弾処理隊隊員,東京消防庁大泉署の消防士・・・危険と背中合わせで,文字通り「身体を張って」仕事するプロフェッショナルを主人公とした連作短編集です。
 彼らの仕事には,正確さ,効率性,安全性がなによりも求められます。日々の厳しい訓練と,修羅場にも似た経験の積み重ねの末に,「マシン」とも言える正確さ,効率性,安全性が達成されます。
 しかしもちろん,ひとりひとりの隊員はけっして「機械」ではありません。さまざまな感情を抱え込んだ一個の人間です。そして,ときに矜持と誇りをもってプロフェッショナルに徹しようとするがゆえに,そんな人間的な側面が抑圧されてしまいます。また逆に,チームを組んで任務を遂行する彼らにとって,隊員ひとりの個人的トラブルが,チーム全体をのっぴきならない危機に陥れる危険性を含んでいます。
 各短編は,そんな両者の間の矛盾と軋轢に苦悩する隊員の姿と,その苦悩が生み出すサスペンスを描き出しています。

 「防壁」の主人公佐崎は,警視庁警護課のSP。同じSPで義兄の大橋が,国会議員鳴川を警護中,狙撃された事件に不審なものを感じ・・・といったストーリィです。佐崎の「まさか」という気持ちと「もしや」という疑いとの間で揺れる心理をサスペンスフルに描きながら,狙撃事件の真相へ向かって,ぐいぐいと物語を引っぱっていきます。また姉と上司とのかつての不倫関係を知りながら,素知らぬ顔をしなければならない佐崎の姿を,「悲しいほど大人であった」と描写するシーンには,特殊な仕事につく人間に限られない,より広い共感を呼ぶものがあると思います。
 「相棒(バディ)」では,海上での遭難者を救出する海上保安庁特殊救難隊の潜水士が主人公です。潜水における「バディ」と,人生の「相棒」とをリンクさせながら,主人公の心の動きを追いかけます。4編中,一番サスペンス色が薄く,やや「人生教訓話」的なところもあって,個人的にはちと不満足でした。
 「昔日」では,川崎で発見された太平洋戦争中の不発弾をめぐって,主人公高坂が,その謎を追います。東京周辺で落とされた可能性が低い米軍の爆弾が,なぜ川崎で発見されたのか? その背後に潜む“真相”にたどり着いた彼が見いだしたのは,20年以上に渡るひとりの男の苦悩と贖罪でした。「過去の遺物」であるとともに,「いつ爆発するかわからない」という現在の危険性を持つという「不発弾」の二重性が,男の人生と巧みに,そしてミステリアスに重ね合わされ,苦いながら味わい深いエンディングが導き出されています。本集中,一番楽しめました。
 「余炎」は,連続放火事件が発生する大泉署の消防隊を舞台にしています。子持ちの女性と恋人関係にある主人公“私”は,彼女の娘の態度に,かつて離婚した母親の子どもとして育った自分自身の姿を見ます。それに並行して連続放火事件をめぐる謎が描かれていくのですが,もう少し,両者を有機的に結びつける工夫がほしかったところです。

 全体としてプロットよりも,キャラクタ造形に重きを置いた作品集となっており,この作者の緊張感みなぎる長編のファンとしては,ちと肩すかしをくらったようなところもあります。しかし,抑制の効いた無駄のない文体で紡ぎ出されるストーリィは,相変わらず読みやすく,一気に読み通すことができました。

00/07/24読了

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