今邑彩『ブラディ・ローズ』創元推理文庫 1999年

 「薔薇は血を浴び,夢を喰って咲くのだもの・・・」(本書より)

 薔薇が庭を埋めるその屋敷に,新妻として住むようになった“私”相沢花梨。しかし,その屋敷には,先々妻の雪子,先妻の良江がいずれも墜死するという暗い過去がまとわりついていた。家族や使用人が,雪子の美しさを褒めそやす中,“私”は一通の薔薇色の封書を受け取る。そこに記された奇妙な内容,そして先妻・良江の残した日記が,“私”を疑心暗鬼に陥れていく・・・

 『卍の殺人』でデビュウしたこの作者の長編第2作。『悪魔がここにいる』というタイトルでも刊行されているそうです。
 富豪に嫁いだところ,死んだ前妻の影がちらつき,新妻は苦悩を深める・・・というオープニングは,アルフレッド・ヒッチコックが映画化したデュ=モーリア『レベッカ』を連想させます。作者も当然この古典的な作品を念頭に置いていることと思いますが,それだけにどのようにオリジナリティを盛り込むかが,腕の見せ所と言えましょう。

 ストーリィは,前半から思いっきり怪しげな雰囲気に満たされています。妻がいながら,自宅で“私”とのお茶会を楽しむ,将来の夫苑田俊春,幼い頃の病気のため半身不随になり車椅子生活を送る,俊春の未婚の妹,死んだ先々妻雪子を,さながら天使のごとく崇める使用人の寿世,黙々と薔薇の栽培にいそしむ園丁の壬生,“私”の目前で起きた先妻良江の墜落死,そしてなんといっても,薔薇の花に埋もれるようにひっそりと佇む西洋館・苑田家・・・怪奇と耽美が横溢する古い探偵小説を思わせる舞台設定は,作品全体を覆う「浮き世離れ」したテイストを醸し出しています。
 さらにそこに,主人公がしだいに陥っていく疑心暗鬼の堂々巡りを挿入することで,そのこってりとした「浮き世離れ」に,息詰まるような緊迫感を与えています。とくに良江が残した日記を手がかりにしながら,「脅迫者」の正体を探ろうとし,その結果,おぞましい陰謀の存在を想定せざるをえない主人公の心理のプロセスは,「理詰め」であるがゆえに,強い説得力を持っています。本格ミステリ作家であるこの作者の真骨頂と言えるかもしれません。
 そんな舞台設定と主人公の心理の丁寧な描写が,メイン・トリックの持つ「危うさ」を上手に覆い隠しているように思います。また余韻を持たせたラストのツイストも,舞台とその住人が秘める「狂気」をクローズ・アップするのに,効果的と言えましょう。

 けっして派手な作品ではありませんが,舞台設定が醸し出す雰囲気とトリック,そして登場人物の心理描写とを融合させた「館ミステリ」に仕上がっているのではないでしょうか。

00/07/23読了

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