山田正紀『ブラックスワン』講談社文庫 1992年

 白昼,テニス・クラブで焼死した女は,“橋淵亜矢子”と名のっていた。が,橋淵亜矢子は,20年近く前,失踪していた。白鳥の渡来地・新潟県瓢湖で,いるはずのない“ブラックスワン”を見た翌日・・・。死んだ女はいったい何者なのか? そして瓢湖でなにがあったのか?

 いまや「SFリーグ」から「ミステリリーグ」に完全に移籍した山田正紀の,最初の長編ミステリです。プロ野球でいえば最初の先発登板といったところでしょうか。
 作者の「あとがき」によれば,当時,旅行雑誌の編集者であった折原一から,本作品執筆のインスピレーションを受けたそうですが,いやいや,なかなか,折原作品を思わせる大変化球を,最初の登板から投げたようです(笑)。

 物語は,ふたつの流れで進行していきます。ひとつは,テニス・クラブで起きた焼死事件が,非番でクラブに居合わせた稲垣刑事を中心に描かれていきます。もうひとつは,自費出版会社の編集者桑野の動きを追いかけます。彼は,亜矢子の母親から依頼され,追悼文集を刊行するため,20年近く前,瓢湖で亜矢子と一緒だった,当時の大学生たちの手記を集めようとしています。また彼の病床の妻は,亜矢子とともに瓢湖で“ブラックスワン”を目撃したひとりです。分量的には,こちらのほうがメインですね。そして桑野の集めた関係者の「手記」が途中に挟まれ,瓢湖でいったいなにが起きたのか,が,しだいしだいに明らかにされていきます。ここらへんの構成は,桑野の推理というか調査というか,彼の行動と「手記」がうまい具合に配列してあって,けっこうテンポよく読んでいけます。

 焼死事件と亜矢子失踪事件との間の“関係”は,途中でうすうす見当がつきますが,ラストで明かされる真相には,感心してしまいました。伏線もきっちり引かれていますし,また登場人物のセリフによって,さりげなく真相にいたる手がかりが匂わされています。
 とくに感心してしまったのが,冒頭に並べられた「断片1」〜「断片4」という,その名の通り短い断片的なシーンです。読み返してみると,じつに巧妙な描写です。とりわけ「断片4」の描き方は,フェアとアンフェアぎりぎりの線ではないかと思います。
 う〜む,騙されてしまった(笑)。

 ただちょっと難をいえば,「なぜ瓢湖にいるはずのない“ブラックスワン”がいたか?」という謎の真相は,ちょっと説得力がなかった感じですね。若気の至り,といってしまえばそれまでですが,1970年頃の若者のやることはよくわからない(笑)。
 それとちょっと余計なエピソードがはいっているかな,という感じがしないでもありません。作者によるミスリーディングなのかもしれませんが,あんまり意味がなかったように思います。

 ところで最後に最大の謎が残りました。それはなにかというと,「この『橋淵亜矢子追悼文集』は刊行されたのか?」ということです(笑)。

98/03/01読了

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