土屋隆夫『媚薬の旅』光文社文庫 1996年(-o-)

 初出の一番古いものが1955年,新しいものが1975年と,じつに20年の間に発表された短編8編をおさめた作品集です。この手の短編集にテーマがあるのかどうか知りませんが,あえてテーマらしきものを求めるとするなら「奇妙な設定」といったところでしょうか。

「芥川龍之介の推理」
 連続して起こる少年少女の自殺。その動機の不明確さに悩む刑事は,芥川龍之介の小説を読んだことから・・。歴史上の文豪を探偵役にしたミステリは,ときおり見かけますが,その文豪の作品そのものを手がかりとしながら,刑事が推理を展開していく作品というのは,初めて読みました。でも妄想的といえば妄想的ですね。
「風にヒラヒラ物語」
 妻が遺書を残さず自殺。夫は“あのこと”が理由だと考えるが,そんなときひとりの男が現れ・・・。妻の自殺の理由は? そして夫に接近する男の意図は? と,サスペンスフルに物語は進むのですが,どうもエンディングがあっさりしすぎていて,いまいちもの足りません。
「盲目物語」
 客に問われるまま,盲目の女按摩師は,1年前に起きた殺人事件のことを話し始め・・・。これも設定はおもしろいんですが,ネタそのものはちょっと,といった感じです。とくに「萩の間」の謎とき(?)はあんまりですね。
「死の接点」
 新聞記者・宇津恭輔が駅で見かけた少女。もらったというコンパクトで白く化粧をし,みかんを食べる。が,突然苦しみだした彼女は・・・。本作品集の中では一番オーソドックスな本格ものです。記者の推理にちょっと飛躍がありますが,それ以外は,きちんと伏線が引かれていて楽しめました。それにしても,登場人物のひとり「御木本保夫」の愛称が「パールちゃん」というのも,時代を感じさせますね(笑)。
「小さな鬼たち」
 教師の依田は,週に1回,子どもたちに匿名で自由に希望を書かせる。そのなかに彼の妻が浮気しているという作文が・・・。ちょっとしたことが妄想を呼び,そして妄想が狂気を呼び込むという話。小池真理子の作品を思い起こさせますね。途中でネタ割れしてしまいます。
「二枚の百円札」
 妻の死を契機として,男は殺人の動機を話し始める・・・。“恐るべき偶然”ものとでもいうのでしょうか。被害者の「偶然,偶然」という言い訳が,巧みな伏線になっています。本作品集では一番楽しめました。
「傷だらけの街」
 出来心でスリとってしまった財布。しかしそれは彼女を窮地にたたせる罠だった・・・。前半は,罠にはまった主人公の不安や焦りがよく描かれていて,また“犯人”の側から警察の動きを推理するプロセスは本格しています(裏本格?(笑))。しかし後半の主人公の心の動きはちょっと唐突で,不自然な感が否めません。後味もあまりよくありませんしね。
「媚薬の旅」
 病気で倒れた大物政治家を見舞った市議員。その帰りにちょっと遊ぼう,としたのだが・・・。一番トリックらしいトリックが使われている作品ではありますが,途中で見当ついてしまうのが残念です。タイトルが,バスの中で読むのがちょっと恥ずかしいです(笑)。

97/08/26読了

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