マイ・シューヴァル&ペール・ヴァールー『バルコニーの男』角川文庫 1971年

 ストックホルムで,連続幼女暴行殺害事件が発生した。しかし目撃者も物的証拠もほとんどなく,捜査は暗礁に乗り上げる。ただ,殺害現場と同じ公園で,ほぼ同時刻に起きた辻強盗事件の犯人が,殺人者を目撃している可能性がある。マルティン・ベックらは,辻強盗犯を逮捕し,尋問を始めるが…

 スウェーデンを舞台にした警察ミステリ「マルティン・ベック・シリーズ」の通算第3作。4作目の『笑う警官』で,MWA最優秀長編賞を受賞したのをきっかけとして,日本でも広く知られるようになったシリーズです。
 このシリーズ,ずいぶん前に何作か読みましたが,おそらく読み手側のキャパシティが小さかったことや,ミステリといえば本格,という一種のインプリンティングがあったせいでしょう,この作品のおもしろさがいまひとつピンとこなかったように記憶しています。舞台となったスウェーデン,北欧などの地名や人名に馴染めなかったということもあったのかもしれません(なにしろ冒頭の一文が「日は二時四十五分に昇った」ですから^^;;)。
 しかし今回,久しぶりに読み返してみると,全編にみなぎる緊張感はただごとではありません(笑) 最初から最後まで一気に読み通してしまいました。

 物語は,幼女連続殺害事件をメインとしながら進行していきます。前半,娘を無惨な形で奪われた母親たちの絶望と憔悴が描かれていきます。このあたりが実にうまい。最初の被害者エヴァの母親の聞き取り調査のシーンと,エヴァが生前,露出狂の男に出会った際の調査シーンは,ともにテープレコーダの録音を,ベックらが聞くというシチュエーションで描かれます。前者では,母親の苦悩が抑制の効いた文体で綴られ(彼女のちょっとしたためらいや自分の攻める言葉の端々にそれが上手に表現されています),また後者では,被害者のこまっしゃくれた,そして愛らしいキャラクタを示すことで,事件の陰惨さ,犯人に対するベックらの怒りを効果的に浮き彫りにしています。
 しかし事件解決への手がかりは,まったくと言っていいほどありません。幼女殺害事件と並行して起こっている辻強盗事件の犯人の目撃情報も,確定的な証拠は得られません。怒りと焦燥を深める捜査陣。ところが事件は思わぬことから解決へと向かいます。ここらへん,伏線や論理性を重んじるミステリ・ファン(とくに本格ファン)にとっては,やや物足りないかもしれません。しかし,むしろ作者が描こうとしているのは,まさにこの警官たちの焦燥であり苦悩なのでしょう。捜査が行き詰まる過程で,市民たちが「自警団」を結成しようとすることに対するコルベリのいらだちは,自分たちの無力さと,また自分たちが市民を守るのだという矜持を象徴しているように思います。「警察小説」が警官たちの姿を描くことを目的とするならば,彼らの姿こそが本編のメイン・テーマと呼べるのではないでしょうか。

 それともうひとつ,本作品で注目したいのは犯人の造形です。「サイコもの」の流行以後,この手の殺人者の心理や行動パターンについては,それこそ微に入り細に入り描かれる傾向がありますので,その点ではややあっさりしている感があります(作中で触れられている精神分析医たちの「犯人像」に対する刑事たちの態度も,今に比べるとずいぶん素っ気ないですし)。しかし一般市民の中に埋没し,周囲から「普通の人」「よい人」と呼ばれていた人物が「じつは」という設定は,いまや警察ミステリでは「定番」となっていますし,また残念ながら現代社会ではきわめてリアリティのあるものです。30年前に発表された作品が,現代において現実味を持つことは,当時のスウェーデン社会が抱えている問題のいくつかが,現代の日本に通じるものがあることを示しているように思います。
 今の日本だからこそ,本シリーズはもっと評価されてしかるべきだと思います。

02/04/14読了

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