小池真理子『薔薇船』ハヤカワ文庫 2003年
「子供の頃,怖いものはたくさんあった」(本書「夏祭り」より)
6編を収録した短編集です。
「鬼灯」
亡父の妾の家を訪れた“私”は…
なごやかさの中に潜む確執,好意という衣をまとった敵意,けっしてなごやかさや好意を壊すことはないけれど,確実に存在し続けるそれら…「鬼灯をならす」という他愛のない行為によって,それらを鮮やかに浮かび上がらせる手腕は見事です。いや,他愛のないことだからこそ,よりいっそう効果的に表せるのでしょう。
「ロマンス」
野田は,コンサート会場で,モーツァルト好きの老紳士から声をかけられ…
「理想」なるものは,人が手に入れることができないから「理想」なのでしょう。そしてそれを「手に入れる」のは,人ならざるものか,あるいは狂気の中だけなのかもしれません。ラストで,恐怖によるのではなく,哀惜でもって幕を引くのは,そんな「理想」を手に入れることのできない悲しい人の姿を象徴しているのではないでしょうか。
「薔薇船」
アンソロジィ『血―吸血鬼にまつわる八つの物語―』所収作品。感想文はそちらに。
「首」
事故死した兄は,“首”となって,“私”の前に現れるが…
どこか『新耳袋』を連想させる実話怪談的な手触りを感じるのは,おそらく,怪異を語りながらも,その語り口の穏やかさによるものなのでしょう。そして,物語が,怪異そのものに由来する恐怖ではなく,怪異を産み出した「世界」の恐怖へと結びつくとき,穏やかな語り口であるがゆえに,じんわりとしたより深い恐怖−生の有り様の根幹を揺さぶるような恐怖−をにじみ出しているように思います。
「夏祭り」
誰もが懐かしがる夏祭り…だが“私”には怖いのだ…
「夏祭りを怖がる」というミスマッチ,多情を噂される人妻,主人公の孤独と斜視。たっぷりとした思わせぶりのイントロダクションと,緊迫感あふれるクライマクス−にぎやかな夏祭りの中で,シンと凍ったような恐怖のシーンなど,サスペンス短編を得意とするこの作家さんの技量がいかんなく発揮された作品と言えましょう。本集中,一番楽しめました。
「彼方へ」
48歳になった男は,頻繁に死んだ女の夢を見るようになり…
女心の不可解さを描いた幻想的なラヴ・ストーリィなのでしょうが,どうも根っからの朴念仁のわたしには,いまひとつピンと来ない世界です(..ゞ 要するに「お迎え」のお話なのでしょう(<身も蓋もない言い方ですね^^;;)
04/02/06読了
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