五味太郎『馬鹿図鑑』筑摩書店 2001年

 書店で,児童書・絵本コーナーに紛れ込んでしまい,ふと棚で見つけた本書。なんともインパクトのあるタイトルに思わず手にとって見ると,これがじつにおもしろい。絵本を読まなくなってン十年,子どももいないために,いまどんな絵本が人気があるのかまったく知りませんが,この作者の本は,棚一段使って,ずらり,並べられていましたので,おそらく絵本の世界ではメジャーな方なのでしょう。興味を引かれ,2〜3冊,他の本も目にしましたが,それらは「普通」の絵本のようでした。

 では本書はどうなのか,というと,たしかに絵本です。1ページに,極端にデフォルメされ,比較的シンプルな色づけをされた,さまざまな「馬鹿」が描かれ,それとともに2〜3行のコメント(?)が書かれている,というフォーマットです。
 そのコメントがじつに辛辣。いや辛辣だけだったら,さほど魅力はないでしょう。そこに加えられたユーモアの味付けが抜群。ですから思わず苦笑してしまうのですが,改めてその内容の「苦み」に「どきり」としてしまうところがあります。たとえば書店で立ち読みして,まっさきに「どきり」としたコメントが,こんなもの。

「差し込み」はあるんだけど,「差し込み口」が見あたらない,
見当たっても差し込み方がよくわからない
だからわたし,働けない,なんて具合のお馬鹿さん。
乾電池でしばらくごまかす。

 口では「夢」を語りながら,その「夢」を現実化する努力もせず,手段も見いだそうとしないタイプの人物を,じつに的確に皮肉っています。また上3行は,わりと思いつきやすいメタファですが,最後の一文,「乾電池」が「貯金」なのか「失業保険」なのか「親のすね」なのか,そんな読む側の空想を広げるような言葉を出してくるところに,この作者のセンスが光っていますね。
 またこんなのものもあります。

馬鹿はなにしろすぐ,場所取りをします。
場所取りが目的の場所取りですから,
使い道はあとで考えます
固定資産税がかかります。

  バブル時代の狂乱をパロディしているとともに,どこか,「なんでもかんでも」「あれもこれも」と,刺激と欲望だけが肥大化し,「購入」そのものが目的と化した現代の消費社会に対するアイロニカルな視線が感じられます。ここでも「持ち物によって振り回されるわたしたち」を象徴しているであろう「固定資産税」という言葉の使い方が巧いですね。

 辛辣でブラック,それでいてユーモアにあふれたコメントと,どこかとぼけた感じのする絵柄とのマッチングも絶妙な本書は,はっきり言って「子どもにだけ読ませるにはもったない絵本」です。もしこのページを読まれている書店の店員さんがおられたら,本書は一般書のコーナーに並べることをお薦めいたします。

 で,最後に一番のお気に入りのコメントを。

すべてに対して疑問を持つことはよいことだ,という無謀な初等教育を
しっかり受けた結果,はてな,はてな,でずっとやっていれば
お茶を濁せると高を括っている馬鹿。この馬鹿,あくまで成人。

 いるんですよね。問題点を指摘するだけで代案をぜんぜん出さない人って…で,問題点を指摘したことで,自分がえらくなったように思いこんでいる人って…(<なんかあったらしい)

 なおこの作者の公式ホームページは,こちらgomitaro.comです。絵をごらんになりたい方はどうぞ。 

02/11/27読了

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