阿刀田高『あやかしの声』新潮文庫 1999年

 11編をおさめた短編集です。気に入った作品についてコメントします。

「愛のすみか」
 仙台での新婚生活…それが私たち夫婦の美しい想い出だった…
 美しいはずの想い出が,不気味で,そしてアイロニカルな色合いに染め上げあれるラストが「ぞくり」とさせられます。またエロチシズムとグロテスクさが混淆しているところもいいですね。最初読んだとき,よくわかりませんでしたが・・・^^;;
「気弱な恋の物語」
 気弱な男が,薬局の薬剤師に恋をしたのだが…
 ミステリ短編になるところを,さらにひねって,もの悲しくも滑稽で,また皮肉めいた「失恋」の物語に仕立てています。
「鼻のあるスクープ」
 息子と娘を殺した殺人犯に,父親は復讐を誓う…
 ちょっと長めかな,というところはありますが,後半での復讐のやり方がじつにけれん味があって楽しいです。冒頭の「町」の,しつこい感じの描写が生きています。
「灰色花壇」
 妻子に先立たれた陽平は,花壇を作りながら,むかしのある記憶を思い出し…
 これまたミステリ的落ちを回避することによって,現実的な,あるかもしれないと思わせるもの悲しいラストを描き出しています。「狂気」と呼んでしまうには,あまりにせつないです。
「鉢伏山奇譚」
 故郷の鉢伏山には,奇妙な民話が伝わっていた…
 山に恋された男の話,とでもいいましょうか? 奇妙な手触りを持った作品です。前出の「気弱な恋の物語」「灰色花壇」もそうですが,意識的にショッキングなオチを捨て去ることによって,奇妙な,それでいて哀切感のあるラストへと導いていく作風の作品が,この短編集には目立つようにように思います。
「あやかしの声」
 「幻聴が聞こえるの」そんな妻を残してアレキサンドリアへ旅だった“私”は,そこで不可思議な体験をし…
 ご多分に漏れず,わたしもまた「図書館」という空間が好きです。ぎっしりと並んだ本の間を,背表紙を眺めながら抜けていくときは,至福との一時と言えるかもしれません。しかしそれはあくまで,「非日常空間」としての「図書館」だからこそ,味わえるものなのでしょう。毎日,「仕事」として,膨大な書物と対面しなければならない司書さんのような方にとっては,やはり感じ方が違うのでしょう。この作者が司書出身であることは有名ですが,もしかすると作者自身も「あやかしの声」を聞いたことがあるのかもしれません。

98/04/16読了

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