ロジャー・スカーレット『エンジェル家の殺人』創元推理文庫 1987年

 「その事実から起こる疑問は提出するのは容易だが,答えるのは非常にむずかしい」(本書より)

 「長生きした方に財産のすべてを譲る」・・・亡父の遺言は,エンジェル家の双子の兄弟に20年におよぶ確執を生み出した。そして兄・ダライアスが死病に冒されたとき,ふたりの対立は決定的になる。そんな中,「勝利者」と考えられていた弟・キャラロスが殺害された。遺産相続をめぐる欲望が渦巻く中,ケイン警部の捜査が明らかにした事件の真相とは?

 陰鬱な屋敷,奇妙な遺言状により翻弄される一族,遺産をめぐる反目と確執,それに絡んで繰り広げられる愛憎劇,そして起こる連続殺人(ひとつはおまけに密室殺人),限定された容疑者,ホームズ役の探偵とワトソン役の(やたらと頭の回転の鈍い)助手・・・まさにオーソドクスとしか言いようのない作品です。それもそのはず,本編の初出は1932年。S・S・ヴァン・ダインエラリィ・クイーンJ・D・カーらの活躍と同時代,「本格推理小説黄金時代」です。

 物語は,本編のワトソン役アンダーウッド弁護士に,エンジェル家に残された遺言が明らかにされるところからはじまります。オープニングで,異様な遺言内容とそれがもたらした確執,兄ダライアスの迫りくる死が呼び起こすであろうさらなる反目と対立などなど,事件が起こる前にエンジェル家をめぐる「不安な予兆」を上手に盛り上げています。
 そして起こる殺人事件。ここでホームズ役のケイン警部が登場,事件当時の目撃情報の聴取,裏庭で発見された足跡など,さまざまな矛盾と謎,疑問が提出されます。このあたり,本格ミステリとしての「王道」といった感じですね。また前半における中心的な謎である,裏庭の足跡をめぐる謎解きがなされますが,それが,オープニングでの思わせぶりな描写を巧みな伏線としています。途中で「サプライズ」を挿入するところは,ストーリィ展開にメリハリをつけています。
 さらに弟キャラロスの死から派生する思惑と欲望の渦,とくに死の前後でのダライアス家とキャラロス家とのコントラストは,多少のカリカチュアはありますが,展開にリズム感を与えています。その上で密室殺人へと繋がっていくところは,お話づくりの「ツボ」を押さえていると言えましょう。密室殺人のトリックそのものは,古典の宿命でしょう,すぐにわかってしまうのですが・・・(というか,某有名作家によるリライト作品が有名ですからなぇ・・・)
 ラストは,大時代がかった「いかにも」というところがありますが,犯人は意外であるとともに,本作品のメイン・モチーフ−遺産相続をめぐる骨肉の争い−を巧みにひねりを加えているところはいいですね。「なるほど,遺産相続をめぐってそういう視点・立場もあったんだ」と感心しました。

 「本格推理小説黄金時代」の香気を伝える一作と言えましょう。当時の古典作品を,また読み返してみたくなりました。

01/07/08読了

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