マイクル・クライトン『アンドロメダ病原体』ハヤカワ文庫 1976年

 アメリカ・アリゾナ州ピードモンド・・・宇宙から帰還した人工衛星を回収しようとした軍人たちが,そこで見たものは一夜にして出現した奇怪なゴースト・タウンだった。人工衛星は宇宙空間からいったい何を持ち帰ったのか? そして地球外有害細菌に対処するために結成された科学者チーム“ワイルドファイア”は対応策を調査しはじめるが・・・

 有名なSF作品ですが,じつは初読です。映画は見たような気もするのですが,これまた記憶あやふやです(<例によって鳥頭^^;;)。

 さて物語は,アメリカの小さな田舎町の住人全員が,一夜にしてほぼ全滅してしまうところからはじまります。原因は宇宙から帰還した人工衛星。それに付着した正体不明の「なにか」であると考えられます(もっともタイトルからして,それがウィルスのようなものであることはすでに暗示されているのですが)。ありがちな展開として,ここから「パニックもの」という路線もあるのですが,本作品では,「そっち路線」ではなく,研究者グループ“ワイルドファイア”による科学的調査をメインにしながらストーリィを進めていきます。
 その際,ピードモンドで発見されたふたりの生存者−病に冒された老人と生後2ヶ月の幼児−は「なぜ生き延びることができたのか?」という謎が提出され,ストーリィの牽引車のひとつとなります。また主人公たちが研究を進める“ワイルドファイア研究所”と外部とが,小さなトラブルから音信が十分に通じない状況になるというところも,サスペンスを盛り上げる手法のひとつです。さらに「オッドマン仮説」なるものが示され,それがクライマクスへの伏線となるであろうことは容易に予想できます。
 そういった「お話づくりの定石」を踏まえつつ,そこに科学的アイテムやSF的ガジェットを「これでもか」というくらい注ぎ込んでいきます。それゆえ物語の展開の仕方そのものは,むしろ理詰めで淡々としたものと言えるかもしれません。しかし,そのステップの理詰めさ,着実さが,逆に緊張感を高める効果をもっています(ところで,作中に出てくるさまざまなアイテムは,現代の技術を予言しているものがいくつかありますが,その中で,インターネットをはじめとするコンピュータのオンライン化が含まれていないように思えるのは,ちょっと意外ですね。この方面の発展がごく近年のものであることが改めて実感されます)。

 ただ,本作品の最大の難点となっているが,じつは本作品を特徴づける「ノンフィクション的体裁」なのではないかと思います。作者は冒頭で,この作品がノンフィクションであるかのような「まえがき」を書いていますし,また途中にいろいろな図表を挿入することで,その体裁を強調します。しかし,このノンフィクションという体裁は,物語の「結末」に保証を与えてしまいます。つまり,物語の中心である「アンドロメダ病原体」が,どれほど恐ろしいものであっても,あるいはまた途中で「絶体絶命的な危機」が訪れたとしても,ノンフィクションであるという体裁のため,それらが最後には回避されることが保証されてしまうのです。同様に,登場人物たちの「のちの言葉」が描かれることで,その人物が事件後も生き延びていることがわかってしまいます。
 それゆえ「危機は回避されるのかどうか?」というスリルが,どうしても弱くなってしまうのではないでしょうか。つまり,上で書いたような,さまざまな「お話づくりの定石」が,設定そのものによって減殺されてしまっているように思います。

01/08/05読了

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