仁木悦子『穴』講談社文庫 1979年

 6編をおさめた短編集です。

「穴」
 夜中,“僕”は,隣の平島さんの庭で,男の人と女の人が穴を掘っているのを見かけた…
 この作者お得意の「子どももの」です。少年の日頃の不満を背景として,軽い気持ちでついた嘘が思わぬ展開を見せるところは,巧みなストーリィ・テリングと言えましょう。伏線も効いています。
「明るい闇」
 居酒屋でコートを間違えられたことから,盲目の“私”は事件に巻き込まれ…
 謎を中心に置いたミステリというより,事件に巻き込まれた主人公が,盲目の身でありながら,どのように危機を脱するか,というサスペンスといった方が適切な作品です。目が見えないというハンディ・キャップが,逆に事件の解決に役立つという展開は,よく見かけるパターンとはいえ,緊迫感があります。
「山のふところに」
 立身出世し,故郷の貧村に工場を建てようとした男が死んだ…
 短編ながら,なかなか事件が起きず,「どうなるかな?」と思っていたのですが,ラストで明かされる真相,そして動機には唸らされます。前半での淡々とした描写が,逆にその動機が持つ哀しみの奥深さを浮き彫りにしているように思います。本集中では一番楽しめまた。
「幽霊と月夜」
 幽霊が出るという別荘で連続殺人事件が発生した…
 登場人物の系図は出てくるわ,殺害現場のカットは出てくるわ,本集中,一番本格ミステリ的色合いの強い作品です。他の作品に比べると,ちょっと文章が堅苦しく,説明的な感じがするのは,ネタとヴォリュームのバランスが悪いからかもしれません。
「誘拐者たち」
 壊したバイクの弁償費用のために,“おれ”とシンは猫を誘拐して身代金を取ろうとするが…
 ミステリ的には物足りないですが,全編に漂うユーモア感とテンポのよい展開が楽しい作品です。
「うさぎと豚と人間と」
 養護施設で火事が発生した。焼け跡からは絞殺された少女の死体が発見され…
 「明るい闇」もそうですが,ハンディ・キャップを負ったキャラクタに対する暖かい視線は,作者自身の経験から来るものなのでしょう。すごく苦い,重苦しい展開の果てに明らかにされる真相は,爽やかで温かいものを感じます。主人公が真相に気づくきっかけとなるシーンもいいですね。

99/12/04読了

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