ベン・C・クロウ編『巨人ポール・バニヤン アメリカの奇妙な話1』ちくま文庫 2000年

 「そうした種類の都市伝説では悪意や危難が描かれるが,その悪意や危難は人間によってもたらされると言うより,人間の織りなす社会や文化の間隙から立ちのぼる瘴気,あるいは無意識の底に溜まった澱といったものであるように見える。それは人間の善や悪といったものの外にあるような,冷やりとした感覚を備えている」(本書より)

 サブ・タイトルにありますように,現代のアメリカに伝わるさまざまな都市伝説や奇妙で不可解な話,怪談,ほら話を収録しています。全体で7つのパート―「都市伝説」「不可解なこと」「熊,狼,栗鼠など」「ユーモアとトール・テール」「狩猟と釣り」「アメリカの英雄たち」「巨人ポール・バニヤン」―に分かれていて,それぞれのテーマに沿った「お話」が並べられています。

 「都市伝説」では,7つほどの「都市伝説」が掲載されていますが,秀逸なのは,最初に掲げられた「真ん中の男」でしょう。地下鉄に乗り込んできた3人の男,真ん中の男は泥酔しているらしい,両側の男たちは外国語で盛んになにかを話しているが・・・というお話。ラストで,同乗していた客に強引に地下鉄を降ろされた“私”が聞く「真相」は,地下鉄という密閉空間で起きているだけに,「ぞくり」とする恐怖と不気味さが漂っています。そしてこの「伝説」の祖型が,まだ辻馬車が走る時代のアメリカに遡るということには,驚きました。このほか,本格ミステリを思わせる「消えた客室」,これまた出来の良いショート・ストーリィとも言える「真珠の首飾り」,ホラー映画のネタにでもなりそうな「インディアナのベル」など,それぞれに味わいのある「伝説」が収められています。
 「不可解な話」は,文字通り,不可解な奇妙な話を集めています。「リソボリア」「石を投げる悪魔たち」は,どこからともなく降ってくる石の話。スティーヴン・キング『キャリー』の冒頭で,石が降るという新聞記事が出てきますが,アメリカの「伝統」のひとつなのでしょうね。「メアリー・セレスト号事件における虚構と真実」は,有名なあの事件の謎解きがされています。この「真相」は別の本で読んだことがありますが,子どもの頃,「世界の七不思議」的な本で,わくわくしながら読んだ事件だけに,その「あっさりさ」には,ちょっともの悲しいものがあります。「鼠駆除のまじない」は,今回はじめて知ったアメリカの「おまじない」で,楽しく読めました。実際に発見されたという「ウィード伯母さんが書いた鼠への手紙」もユーモラスでいいですね。
 「熊,狼,栗鼠など」は,動物綺譚集といったところです。日本なら狐や狸などが定番ですが,熊や狼というところがアメリカ的な感じがします。栗鼠が建築前の屋根板を盗んで川を渡るという「栗鼠の艦隊」や,猫集会ならぬ「熊集会」の話「熊たちの祭宴」など,ほのぼのした内容のものがある一方,狼と狩人との壮絶な戦いを描いた「狼の棲む穴」は,緊迫感のある展開が楽しめます。
 「ユーモアとトール・テール」はアメリカ流の「トール・テール(ほら話)」を紹介しています。ツイストとウィットが好きで「物語ずれ」したわたしとしては,やや「たわいもない」といった印象が強く,物足りないところがありましたが,「メイン州の嘘つき」「死んだふり」などの「ほら」にはほほえましいものが感じられます。「ほら」はコミュニケーションの一形態なんでしょうね。
 「狩猟と釣り」は,先の動物綺譚とトール・テールを足したようなお話です。「見事な狩猟一・二・三」「一発で鹿をしとめ,臓物を取った話」「ジョン・バスの狩猟」は,いずれも同じ話の別ヴァージョンで,狩猟民としてのアメリカ人の「夢」が描かれているように思います。ところで,本集には,親の動物の身体にくっついた人工物―フライパンやセーターなど―が子ども受け継がれるというパターンの話がいくつか収録されていますが,このネタはアメリカ人好みなんでしょうかね。
 「アメリカの英雄たち」は,口頭伝承で語られる「ヒーロー」たちを集めた章です。ウィリアム・ゴフ,エドワード・ホエイリーというイギリスからの逃亡者をめぐる伝説―「ゴフか,ホエイリーか,さもなくば悪魔か」「ハドリーの守護神」―は,どこか日本の「義経伝説」を思わせるところがあります。一方で,まぬけなロイ・ビーンを主人公にした説話は,そのほかの「ヒーローもの」とは,ちょっとテイストが違っていて,独特の味わいがあります。また黒人を主人公として,その知恵で白人たちをきりきり舞いさせるお話―「勝利者ビッグ・ジョン」「ダディー・メンション」「アンクル・マンディー」―は,その成立過程とアメリカ奴隷制の歴史とを比較してみるとおもしろいのではないかと思います。
 「巨人ポール・バニヤン」は,タイトル通り,伝説の巨人木樵ポール・バニヤンを主人公とした説話集。「ポール・バニヤンとケンプ・モーガン」は,ほとんど「世界創造神話」を想像させる内容です。それが油田やチャイナ・タウンの「起源」を語っているところが,じつにアメリカらしい「神話」,つまり本来的な意味での「民族神話」を持たない移民国家としてのアメリカらしい「神話」と言えましょう。

00/10/19読了

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