夢枕獏『悪夢喰らい』角川文庫 1985年

 ホラー風,ファンタジィ風,SF風,奇妙な味風の作品9編をおさめた短編集です。気に入った作品についてコメントします。

「鬼走り」
 10月初めの早朝,ジョギング中の佐々木竜夫は,背後から不思議な声を聴く。“もっともっと”という…
 ランニング・ハイという言葉がありますように,ジョギングのような,単純で反復される行為というのは,頭の中を空白にする作用があるようです。そんな空白の一瞬に,するりと“魔”が忍び込むのかもしれません。あるいはまた日常の奥底に眠る“狂気”が姿を現すのでしょう。
 この作品,以前映像化されたことありませんでしたっけ? フジの『世にも奇妙な物語』あたりで・・・(記憶あやふや)。
「ことろの首」
 上司と気まずくなった“おれ”は,ひとり山に入る。道に迷い,見知らぬ山小屋で,奇妙な男女と同宿し…
 「山中綺譚」です。前半の,主人公が山に入る理由が,なんだか冗長だな,と思っていたのですが,ラストでニヤリとさせられました。
「のけもの道」
 皆から無視される,影の薄い北山。慰安旅行の宿で耳にした話に,彼の秘められた力が爆発し…
 ストーリィ展開としては,しばしば見受けられるパターンではありますが,狂気と幼児性とが綯い交ぜになったラストの描写が怖いです。
「骨董屋」
 悪酔いした夜,織田は小さな骨董屋に足を踏み入れる。そこで彼が見たものは…
 金澤さん@書庫の彷徨人お薦めの逸品です。巧いです。じつに巧い作品だと思います。主人公の閉塞感が横溢する冒頭から,するすると骨董屋の不思議でファンタジックな雰囲気へとつながっていきます。そして物語は次第に不気味さを増していき,ショッキングなラスト。ラスト直前の安堵感,「ほっ」とした気分とのコントラストが絶妙です。
「八千六百五十三円の女」
 ある夜,街で出会った初老の男は,“ぼく”に「女を買え」という。「8600円以上だったらいくらでもいい」と…
 いったい彼女は何者だったのでしょうか? 吸血鬼? 食人鬼? それともインキュバス? いっさい正体不明であるがゆえに,彼女によって狂わせられる男たちの姿が,よりいっそうおぞましさを増します。
「夢幻彷徨記」
 「あの山は人を欲しがっているから」山荘の主人がそういう山中で,梶尾は奇妙な霧に迷い…
 この作品も「山中綺譚」といっていい系列でしょう。しかし前作と違って,SF的な“異次元もの”に近いテイストを持っています。山の中では時間の流れが違っていても不思議ではないのかもしれません。
「深山幻想譚」
 死ぬつもりで入山した“私”は,そこでひとりの男と出会う。男は奇妙な話をし始め…
 この作品も,読み終わるとよく見られる体裁ではありますが,ラストまでそんなことに気がつかなかったので,最後で「スコーン」という快いショックをおぼえました。伏線も効いていていいですね。

98/05/17読了

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