井上雅彦監修『悪魔の発明 異形コレクションIV』廣済堂文庫 1998年

 マッド・サイエンティスト――最近ではマンガの中でしか,それもパロディとしてしか,滅多に登場することがなくなってしまったこのキャラクタを,真っ正面から取り上げた『異形コレクション』の第4弾アンソロジィです。テーマがテーマだけに,今回はSF畑の作家さんの名前が目立つように思います。なによりうれしいのが,ミステリ・リーグに完全に移籍していた山田正紀が,久方振りにSFリーグに復帰したことでしょう(といっても,一撃離脱でしょうけれど(T_T))。
 気に入った作品についてコメントします。

横田順彌「星月夜」
 「火星との無線が可能になる」そんな新聞記事を目にした押川春浪は,5年前に男体山で行方不明になった天文学者・草下博士との思い出を語り始め…
 ホラーというより,ファンタジィに近いテイストを持った作品です。自転車をこいで,火星までワープするという発想が,ほのぼのして愉快でいいですね。この作者は,舞台を過去に持っていくことで,SFが本来持っていた“遊び心”“子ども心”のようなものを復活させようとしているのかもしれません。
霜島ケイ「雪鬼」
 20年前,叔母とともに逃げ出した“僕”の村では,冬になるとひとりふたり姿を消すのが当たり前のことだった。その叔母も5年前に姿を消した,雪降る夜に…
 「狂える科学者」の原型を,近代科学以前の時代に求めようとするならば,それは「邪術師」となるのかもしれません。本アンソロジィのテーマを思い切って拡大,飛躍させた作品です。オーソドックスなオチながら,ラストでの「ちりん」という鈴の音と,それに呼ばれるようにして聞こえてくる「きしり」という音との共鳴が,なんともしれず不気味で,怖いです。
山田正紀「明日,どこかで」
 夜の新宿で,見知らぬ男からコイン・ロッカーの鍵を手渡されたリツコ。それは恐るべき扉を開く鍵だった…
 自殺した男はいったいなにを「解析」してしまったのか? その「解析」によって,いったいなにが,いつ,どこで,起こるというのか? なにもかもが明らかにされないながら,いや明らかにされないがゆえに,恐怖がより一層深く,濃くなります。「死は必ず来る。しかし,いつ,どこでやってくるかは誰も知ることはできない」という言葉を思い出しました。
大場惑「よいこの町」
 最初の違和感は浄水器だった。その町には浄水器は売っておらず,他の町から買ってきた浄水器は規格に合わない。この,一見平和そうな町にはどんな秘密が隠されているのか…
 『盗まれた町』のような,“侵略テーマ”のSFを連想させる作品です。現代の“マッド・サイエンティスト(たち)”の“実験”は,“侵略”と同じように,ひそやかに,そして大がかりに進められるものなのかもしれません。
岡本賢一「果実のごとく」
 ふと間違えて降りてしまった見知らぬ駅。“私”は捕らわれ,いやおうもなく“工場”で働かされることになり…
 前方にスクリーンのある,巨大な劇場のような空間,階段状の床にずらりと並ぶ×××・・・,想像するとむちゃくちゃ怖い光景です。なおかつ「彼ら」は,「自分たちが選ばれた」というエリート意識を植え付けられている,という設定もおぞましく,グロテスクです。
森岡浩之「決して会うことのない君へ」
 高額のアルバイト料で,新薬の実験体として雇われた“ぼく”。ところが薬を飲んで以来,“ぼく”を取り巻く状況が一変し…
 都市伝説にでもありそうな「薬品会社の高額アルバイト」という設定,SF的な“薬”の効果,そして,努力した結果が,いつ他人に“横取り”されるかもしれないという現実的な恐ろしさ。それらが綯い交ぜになった本作品には,不思議なもの悲しさを感じました。タイトルが秀逸です。
芦辺拓「F男爵とE博士のための晩餐会」
 大正11年,来日したアインシュタイン博士。彼の元に“男爵”から一通の招待状が舞い込み…
 この作品でも,“現代のマッド・サイエンティスト”の姿が描かれています。“彼ら”は決して人里離れた山中の古城に住んでいるわけではありません。人里離れた,という点では同じでも,潤沢な資金と“正義”というお墨付きとを持っている点で大いに異なっています。「悪魔が契約者を交わそうとするときには,それとわからぬ形で持ってくるだろうからな」というセリフは,わたしたちが,“マッド”な世界に住んでいることを改めて気づかせます。
岡崎弘明「空想科学博士」
 “私”の祖父は発明狂。被害者はわれわれ家族。今日は“私”の恋人を紹介することになっているのだが…
 ホラーとギャグは似ていると言ったのは楳図かずおだったでしょうか? 不気味さが笑いに変わり,ラストでふたたび恐怖が忍び寄ってくる,そんな作品です。
安土萌「スウェット・ルーム」
 ヨーロッパの古城で迷い込んだ「拷問具展示室」。そこで“わたし”はひとりの人物と出会い…
 “マッド・サイエンティスト”という本書のテーマとはややずれているのかもしれませんが,独特の怖さと凄みをもった作品だと思います。楽しめました。
梶尾真治「柴山博士臨界超過!」
 ハレルヤ・ホテルで開かれた新エネルギー学会。その会場で謎の爆発事故が発生。事故は柴山博士の発表の途中だった…
 作中,主役たるマッド・サイエンティストは姿を見せません。なぜならすでに死んでいるからです。しかし,その人物の狂気は,その“製作物”に端的に現れています。死後においても“製作物”を支配しようとする欲望と狂気。じわじわとした恐怖が伝わってくる作品です。
堀晃「ハリー博士の自動輪―あるいは第三種永久機関」
 古い友人のハリーから来た手紙。彼は新しいタイプの永久機関を発明したという…
 いまでも「永久機関」の特許申請は年に1,2本あると聞きます。けっして失われることのないエネルギィというのは,どこか不老不死を求める人間の心性と響き合うものがあるように思います。だからこそ,人間の欲望に忠実なマッド・サイエンティストにとっても魅力的な研究テーマなのでしょう。ストレートなSF作品という感じです。個人的には,この作者の作品を読むのは,『太陽風光点』以来,十数年ぶりのことですので,なんとも懐かしいです。

98/04/24読了

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