泡坂妻夫『亜愛一郎の逃亡』創元推理文庫 1997年

 「亜シリーズ3部作」の最終巻です。しかし,このシリーズの作品は,油断なりません。物語の2/3くらいまで,コミカルに,スラプスティック風に進み,「事件」が起こったときには,すでに「事件」が解決してしまっている,というような場合が多々あるからです。で,それまで描写の中に埋もれていた伏線が突然効いてくる。「あ,なるほど」とうなづける場合もありますが,一方で,「ちょっと妄想が過ぎない?」と思ってしまう場合もないわけではありません。そこらへんの境目って,けっこう微妙なのかもしれません。

「赤島砂上」
 四国の西に浮かぶ小島につくられたヌーディスト・クラブ。そこに「服を着た男」が現れ…
 「木を隠すには森の中」という俗諺にひねりをくわえたというか,逆転させたというか。逆転の発想が楽しめる作品です。
「球形の楽園」
 完全に閉ざされた球形の避難所。そこから他殺体の男が発見され…
 密室殺人です。これも一種の「逆転の発想」なのでしょう。舞台設定の苦労がしのばれます(笑)。
「歯痛の思い出」
 嫌いな歯医者へ行くはめになった刑事。偶然一緒になった亜は,奇妙なことを言い出し…
 たしかに言われて見れば,こういったことって自分もやっているような気もします。ただそれに気づく亜の発想の奇妙さが浮いてしまっているような…
「双頭の蛸」
 北海道霧昇湖に「双頭の大蛸」が住むという手紙をもらった雑誌記者は,そこで奇妙な殺人事件に巻き込まれ…
 同じトリックをアメリカの短編で読んだことがあります。発表年はこちらが先のようですし,トリックの使い方も凝っています。
「飯鉢山山腹」
 狭い旧道から落ちた車。一見,土砂崩れを避けた結果の事故と見えたが…
 わたし自身,ふだんから不思議に思っていたことを巧く利用しています。ただこのトリック,うまくいくのかなあ。
「赤の賛歌」
 赤を多用する画家の過去を調べにきた評論家。成りゆきで一緒になった亜が,例のごとく変なことを言い出し…
 ううむ,なんだか「あたったからいいようなものの」というか,多分に妄想的な推理ですね。
「火事酒屋」
 火事が大好きな酒屋。消火活動を手伝ったにも関わらず,放火犯の容疑をかけられ…
 火事現場からの人間消失の謎です。大きな伏線は見え見えのところもありますが,細かい伏線が効いていところが,なんとも心憎いです。この作品集では一番楽しめました。
「亜愛一郎の逃亡」
 周囲を雪で囲まれた離れの平屋から,亜愛一郎が忽然と姿を消して…
 トリックがどうの,というより,シリーズ最終作の顔見世興行,といったところでしょうか。亜の意外な正体が明らかにされます。それともうひとりの“レギュラー”の正体も…。もしかすると,こちらのほうがこの作品(とシリーズ)最大の“トリック”なのかもしれません(笑)。

97/07/26読了

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