都筑道夫『七十五羽の烏』角川文庫 1980年

 働くことを罪悪と考え,「ものぐさ太郎」の子孫を自称する物部太郎。「1年働けば自由にしていい」という父親の言葉に,開いたのが心霊探偵事務所。まさか依頼人なぞいないだろうと思っていたのだが,「伯父が瀧夜叉姫の霊に殺される!」という女性がやってきた。断れないかと悩んでいた矢先,その伯父が殺された! しぶしぶ現場に出かける太郎と“助手”の片岡直次郎。彼らを待っていたのは不可解な連続殺人だった・・・。

 例によって限りなく初読に近い再読ですが,いやぁ,おもしろかったです。軽い気持ちで読み始めたら,ぐいぐいと物語の中に引き込まれてしまいました。平将門の娘・瀧夜叉姫の霊を見たものは死ぬという伝説のある田原家で,その瀧夜叉姫を見たという源次郎が殺される。物語は怪奇趣味を漂わせながら,物語は始まります。そして太郎と直次郎とが事件をめぐってスラプスティック風にディスカッションを繰り広げる中,第二,第三の事件が発生・・・,と,なんといってもテンポがいいです。とくに舞台の茨城県緋縅村に伝わるという奇祭“火走り”のシーンは,物語そのものクライマックスとあいまって,緊張感があります(このお祭りはモデルがあるようです。見てみたいですね)。この作者特有のペダントリックな文章も,途中に挿入された山藤章二のイラストがあるせいか,わかりやすく,あまり鼻につきませんでした。

 さて作中の“謎”は,瀧夜叉姫伝説や丑の刻参りなど,怪奇趣味に満ちていますが,そこらへんはやはりこの作者,横溝正史のように怪奇性を大上段に振り上げるのではなく,「なぜ犯人は瀧夜叉姫伝説にこだわるのか」という形で描いていきます。同様に,密室殺人,ダイイング・メッセージなどの小道具も,「いかに」よりも「なぜ」に重きを置いています。都筑節ですね。そして物部太郎が,それら不自然な,不可解な“謎”を解いていくわけですが,じつにシンプルかつ明快です。つまり読者に対してフェアです。また各章冒頭につねに4行の短い文章が入ります。たとえば,「ここで事件の詳細が語られる/幽霊に殺されたと思う読者はいないだろうが/これは完全な他殺であって過失死ではない/しかも犯人は単独で共犯者はいない」といった具合です(え,どこかで見たことがある? そうです。倉知淳『星降り山荘の殺人』のモデルとなった作品だそうです)。ここらへんにも,作者が読者に対してフェアであろうとする精神が見られるように思います(もちろんミステリですから,“フェア”というのは「嘘はついていない」という意味ですよ(笑))。とくに最後の方で,論理により犯人は特定できるが,動機は論理だけではわからない,と明言しているあたり,逆に本作品の論理性に対する作者の自信のようなものさえ感じられます。真相そのものは,この作者らしい小技の効いたもので,「驚くべき大トリック」というわけではありません。とくに密室ファンは不満を感じるかもしれませんが,わたしとしては,この作者に,「大がかりな密室トリック」を期待してないせいもあり,また「なぜ密室にしたか」という点で納得できましたので,OKです。上に縷々と書いたような長所のせいか,この作者に対してときとして感じる物足りなさは,ほとんど感じませんでした。

 やっぱりこういう作品があるから,都筑作品は読み続けてしまうんだよなぁ。

97/10/23読了

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